再生医療 その2 再生医療のコスト分析

再生医療の本当の難しさは“大規模プロジェクトとしてそれを認識する有識者が不在で、個別業種の集合としてプロジェクトを認識していることである”と前回述べた。そして、産業界として再生医療の実用化をバックアップすべき組織であるはずのFIRMの行動が、業界の権益保護を目的とするような行動にしか見えない事も指摘した。

 

私の提案はパイチャートに、現在の再生医療のコスト分析を乗せ、次に個々の要素をどこまでコスト低減可能かを関係者が集まって意見を出し合い、何が律速条件となっているか、何を投資、開発すればコスト低減が可能か等を議論し、目標価格と時間軸を決めるべきだということである。正に、大規模プロジェクトの管理手法である。このような作業を行って初めてiPS細胞を用いた医療法が実現に向けて本格的に動き出すのである。

ーパイチャートを掲載しょうとしたが出来ないー

 

再生医療 その1 - 再生医療の難しさ

 

キーワードとして「再生医療」という言葉がマスコミに登場したのは約20年前に遡る。以来、日本再生医療学会が2001年に創立され、2012年には京都大学山中伸弥教授がiPS細胞の作製についてノーベル医学・生理学賞を受賞され、従来の体幹細胞、ES細胞に加えてiPS細胞を用いた再生医療の可能性について高い評価と期待を持たれながら今日に至っている。

こう記述すると、再生医療の前途は洋々と思わるが、実は研究としては華々しいが、実用化(ビジネス)としては相当に難しい。要はコストである。一人の患者に2千万~数千万円の費用を掛けても良いのであれば、恐らく10年から20年の間に、化学薬品では治療できなかった幾つかの難病を再生医療で救うことは出来よう。しかし、それでは金持ちだけの治療法であり、一般の人には福音にならないし、保険収載も難しいと思われる。

私どもはこのようなビジネス面から見た事実を正確に把握し、その対応を研究者と一緒に進めなければならないが、そのような発信は少なく、ただ、研究分野の成果だけが独り歩きしてマスコミに喧伝されている。もう、そろそろ、ビジネス的な視点での問題点の整理とその対策を打つ時に来ていると思い、このプログを綴っている。一人でも賛同者を得るために。

最大の課題は再生医療はオーダーメイドの治療法であることである。山中教授率いるCiRAはせめてこれをイージーオーダー的に実施すべくiPS細胞ストックプロジェクトを推進されている。(CiRAホームページから)

 *再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトでは、HLA(Human Leukocyte Antigen : ヒト白血球型抗原)型を、 免疫拒絶反応が起きにくい組み合わせ(ホモ接合体と言います。)で持つ健康なボランティアの方に細胞を提供していただき、医療用のiPS細胞を作製します

これは研究サイドからのコスト低減策で、いわゆる“他家細胞”を用いた治療法である。これにより、恐らくコストは半分程度まで下げることが可能であろう。しかし、半分になっても1回の治療に対してまだ数百万円かかるようでは一般の患者には手の届かない治療法である。では、更なるコスト低減策はあるのであろうか?

対応策の担い手はもう研究者ではなく、医薬業界を含めた産業界に移して考えねばならない。この10年ばかりの産業界の動きを見てくると、FIRM(再生医療イノベーションフォーラム)が平成23年に設立された。その目的は以下とされている。(FIRMホームページから)

再生医療研究の成果を安全かつ安定的に提供できる社会体制をタイムリーに構築し、多くの患者の根治と国益の確保、国際貢献を実現することを目的とする。

そして、現在FIRMが最も力を注いでいる活動が“再生医療周辺産業バリューチェーンの整備と活性化を目的に、業界視点での、輸送、自動培養装置、CPC、プラスチック製器材、培地に関するFIRM基準を作成・公開”(FIRMサポーティングインダストリー部会)である。

確かに、基準を制定し、品質の安定化を図ることは産業界では一つの課題である。しかし、JISにしても、他の基準、規格類にしても大量生産に寄与してこそコスト低減に寄与するのであり、一般的には基準・規格を制定するという事はその産業界の権益を守るための方策である。だから、国際的な基準・規格作りでは経済産業省が先頭に立って国益を守るための活動を行うのである。基準・規格の制定は2面性を持っているのである。

これは断言できるが、コストを下げようとするならば、先ず自由競争で色々の知恵を出させ、その取捨選択を行う際に、安全とか品質維持とか汎用性等の網を掛ける事が必要になる。再生医療に関わる産業界の製品・システムはまだ開発初期の段階にあり、基準・規格制定には尚早である。この時点で基準・規格を制定すると最大公約数的な、あれも、これも的な内容になるのは目に見えている。

 

では、どうしたら産業界はコストダウンに寄与出来るのであろうか。それには、関係する業種(以下)が集まり、総合的な目標価格を設定し、それらをお互いの業界の中で達成するべくタイムスケジュールを作る作業をせねばならない。その上で定期的な会合からお互いの目標価格への達成度を確認しながら、全体としての目標を達成していく。民間で行われている大規模プロジェクトの管理手法を採用するのである。FIRMの課題は、最初から個々の業界・技術に全てを任せてしまったことにあり、総合的な目標、特にコストと達成時期についての議論を行っていないことにある。

 《参加させねばならない業種》

  ①細胞、細胞製品の搬送に関わる業種

  ②細胞の加工に関わる業種

  ③細胞の培養液、薬品に関わる業種

  ④細胞の培養器具・培養装置に関わる業種

  ⑤細胞の分析・品質管理に関わる業種

  ⑥細胞製品の凍結保存に関わる業種

  ⑦細胞加工業者

 

以下、次回から詳細を検討する。

再びAIと自動運転車について

先に、AIを活用した自動運転車の開発についてレベル2で止めるべきで、レベル3は高速道路に限定すべきと主張してきた。昨日の新聞報道を見て、「やはり」と思った。

今回のウーバー社による一般道路でのモニタリング運転中の人身事故について、開発者はどのように受け止めているのであろうか?恐らく、”システムをもっと精緻にし、あらゆる可能性をソフト的に解決しろ”という檄を飛ばしているのだと思う。

私は、先の主張で、ソフトの内容ではなく、システムが複雑になるほどハード面で部品点数が多くなり、品質管理の眼が届かなくなる事を危惧した。今回のウーバー社の事故はまだソフト段階でのトラブルで、これが更に複雑になっていくと、想定するに指数的にハード面の課題が増える。高速道路はある程度の管理が可能はエリアであり、人がそこに立ち入る確率は限りなくゼロになる。しかし、一般道路ではどうであろうか?可能性を考えると殆ど無限に近い条件を考えなければ、無人運転は成立しない。

経済産業省経団連など日本の産業行政をリードする優秀な頭脳集団は何故、このような無謀な開発計画を推進させようとしているのだろうか?それだけの費用と人材を用いるのであれば、人類にとってもっと必要な研究開発があるのではなかろうか?自動運転車の開発に関するニュースを見ると本当に腹が立つ。

例えば、スクールゾーンの通学、帰宅時間帯では自動的にスピードが制限されたり、その区間を走行中はハンドル等に自動的に緑のシグナルが点灯するとか、一旦停止の標識に近づくと自動的にブレーキが機能するとか、幾らでも自動車と社会の関わり合いの中で自動車が危険物になっている場面が多々ある。過失運転によって死亡、大けがを負う人を一人でも救う研究に資源(費用、時間、人材)を投資すべきである。

 

 

賞'(Award)に思う

今迄”賞”に縁の無い者がこのような発言をして良いか、後ろめたさを感じるが、最近何事にも”賞”が絡んでくるのでつい自分の考え方を述べたくなった。

スポーツや碁・将棋等の勝負事は除いて、国際的な賞'Award)としてノーベル賞アカデミー賞、等がマスコミを騒がしており、一方、国内の賞として文化勲章芥川賞等の文学賞そして国民栄誉賞などが関心を集めている。推定するに賞と名のつく表彰は種々の民間団体の賞を含めると恐らく100ではきかないくらいあるだろう。これらの賞(Award)は厳格かつ公平な審査基準で審査されていると聴くが、絶対的な基準を定めることは難しく、評価・審査する側(人)の主観性を排除することは困難である。

今、取沙汰されている賞に国民栄誉賞がある。王貞治氏を第一号として、先般の羽生善治氏、井出裕太氏まで25人1団体が表彰されている。この賞の目的を内閣府のホームページでは「この表彰は、広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えることを目的とする。」と謳っている。我々の多くが日本人として誇りに思える人・団体が選ばれており、個人的にも良い制度だと思っている。

しかし、ここにきて急にこの賞が”軽く”なってきた感じを持つのは私だけであろうか?先の冬季オリンピック羽生結弦氏が男子フィギュアスケートで連覇すると、直ちに政府が国民栄誉賞の検討を開始したと発表した。私も羽生氏の素晴らしい業績や我々が受けた感動に異論を持つものでは無い。心から素晴らしいと思う。しかし、国民栄誉賞の授与を検討と聞くとそこに”何かが違う”という違和感を持ち、直ぐに”へぇー、国民栄誉賞のってこんなに軽いものなのか”という気持ちを抱いた。そこで、過去の受賞者のリストを調べると、私的には違和感のある受賞者はいない。

賞(Award)という仕組みは、それが創設されるときは十分な”志”を関係者が感じ、その賞に相応しい人を真剣に選定し表彰し、誰もが心から納得する。しかし、仕組みや制度というのは表彰する側がよほど当初の”志”を守る気概を持たねば経年的に制度疲労することを私は経験している。或る、業界団体ではその業界の発展に大いに貢献した技術者を顕彰しょうとして”フェロー”なる制度を考案した。読者は知っていると思うが”フェロー”という称号は技術者としては最高の名誉である。(島津製作所田中耕一氏もノーベル学化学賞を受賞してからフェローの称号を社内で特別に創設されたと聞く。)それほどに”フェロー”は名誉ある称号であるが、その業界団体では現在までに500名以上がフェローになっている。正に制度疲労である。

国民栄誉賞を起案するのは政府(内閣府)である。”時の人”を表彰することで内閣が国民に媚びを売るという下心が見えていないであろうか。そこには既に制度疲労が起きていないであろうか。オリンピックにおける連覇を言うのなら北島康介氏も該当し、感動を与えたのであれば真田真央氏も、葛西紀明氏など列挙に暇がない。パラリンピックの村岡桃佳氏など一人で5個のメダルを獲得している。

政府は今回のオリンピック・パラリンピックの結果を踏まえて、”下心”の無いきちんとした表彰を見せて欲しい。ただ、既に羽生結弦氏を選んでしまった以上、制度疲労というクラックは国民栄誉賞という台車に入ってしまったことを認識して欲しい。某業界団体のように石を投げれば”フェロー”に当たるとならないように。

 

「ビッグデーターと人工知能」(西垣通著、中央公論社)を読んで

あろうか?AIが巷で大騒ぎされている中で、客観的にAIを評価している学者がいないかと探していたら、偶然、標記の図書を見つけ購入した。

西垣氏は古くからの情報処理学者で、コンピューターを利用した種々の計算、統計処理の初期から、データー処理について携わってこられただけに、コンピューターという装置(機械)の限界を十分に知り尽くしており、幾ら画期的なソフトを用いても生物として生きてきたヒトの能力を総合的に超えることは無いという確信を持っておられるように感じた。だから、西垣氏も現在の”シンギュラリティ狂騒曲”に辟易されているらしい。そこで、提案されているのがAIでは無く、IA(Intelligence Amplifier)として超高性能を誇るコンピュターシステムを活用し、ヒトはその結果を用いて”集合知”によりこれからの社会の諸問題を解決し、また、より豊かな社会を築いていこうとしている。

私は、西垣氏とは視点が少し異なるが、IAのツールとしてコンピュターシステムを活用しょうという意見には大賛成である。しかし、ここで課題が一つある。

それは、”シンギュラリティ仮説”が本当に仮説で終わるのかという問題で、以前にも意見を述べたが、ヒトの英知は原子力爆弾のように思わぬ”悪魔”を産む可能性があることである。だから、私は今の内に”あるレベル以上の研究開発を禁止する”国際的な取り決めを作っておくべきだと思っている。アシモフの3原則では足りないのは明らかである。私は情報処理については素人でしかないので、ヒトという生物は装置(機械)に越えられることは無いとの確信まで持てない。

西垣氏との視点が異なる点は、これも以前から指摘しているように、”複雑なシステムになればなるほど、システムとしての故障率が増す”という機械システム側の問題が置きざりにされてAIやシンギュラリティが議論されていることである。ヒトや生き物は自ら危険を察知してそれを避け、生きるための食物を探し、気候の変動などに対応するためや、天敵から身を守るために遺伝子的な変化を遂げてきた。気の遠くなるような時間をかけて完全な機械システムを作りあげてきた。仮に、優秀なソフト解析とプログラム処理によりソフト的に”シンギュラリティ”に近いことが実現されたとしても、コンピューターからの指令を受けて作動する”機械システム”にはある確率で故障や誤作動が起きるのである。将棋や碁のソフトでヒトが負けたというような単純な問題ではない。自動車の完全な自動運転などは不可能な事を何故、識者は大きな声で叫ばないのであろうか?

ビッグデーター処理はプライベートを犯さない限り実に有効な手段である。ディープラーニングの考え方も結構、しかし、それらの結果を直接アクションに結び付けるにはフェィルセーフが確実に担保されていることが必要不可欠と考える。

諸兄のご意見を聞きたい。

以上

DosankoJJ

 

星 新一賞 落選小説 その1 「ウロボロスの蛇」

ウロボロスの蛇(本文)

 

今日の株式会社ゼウスホールディングスの株主総会には前代未聞の話題を集め、世界各国からマスコミが参加したいという希望があり、急遽、帝国ホテル富士の間から、国技館へと会場を変更していた。世界が注目するのももっともな話で、㈱ゼウスホールディングスの後継CEOに人工知能の人型ロボット(アンドロイド)を指名するとのプレアナウンスが記者クラブにあり、詳細は総会の当日に資料として配布するというのである。

 

ゼウスホールディングは舞黒忠常が東大の学生時代に起業した人工知能用の自己拡張型チップ(データ収集・解析機能、学習機能、判断機能を持つファームウェア)を母体とする企業で、今や、その自己拡張型チップを搭載した人工知能が宇宙工学、自動車工学、医療工学等々、種々の分野で採用されている。現在、子会社、孫会社は20社もあり、それぞれが他社の追従を許さない独自性と将来性を持っているために高い注目を集めている企業集団である。三大銀行頭取が自ら舞黒忠常詣でをしてまで融資を申し出ているが、5000億円からのフリーキャッシュがあるので、預金はしても融資話は不要であった。また、野森証券を始め大手証券会社がゼウスホールディングスの事業部門に相当する子会社を上場するように日参して忠常をくどいていたが、全ての決定を身内だけで迅速にしてきたことが今日の繁栄をもたらしていることを忠常は知っているので、上場すれば大変な資金を得ることを重々知っていても考えを曲げるつもりはなかった。忠常が3つの事業部門を独立させ、それらを統括するために株式会社ゼウスホールディングスを設立したのは5年前であるが、この時は自己拡張型チップの増産計画があり、また、米国のトマト社と特許訴訟で資金が必要であったので、野森証券を主幹事として東京証券1部に上場したが、予想を上回る初値がつき驚いたものである。忠常はゼウスホールディングスに3つの事業部門(子会社)を置き、それぞれ、子供達をCOOとしてある程度好きなように運用させていたが、CEOとして全体の目配りだけはきちんとやっていた。現在75歳、健康にも注意を払ってきたためかすこぶるつきの元気であるが、後継者をどうするか悩んでいた。

 

長男、忠則は東大医学部を卒業した後、大学病院勤務医を経て、現在はゼウスホールディングスの傘下で医療診断専門のコンサルを行うヒポクラテスLLCを経営している。従業員たった10人で年商100億円、純利益30億円を稼いでいた。患者の諸データをビッグデータ処理で診断し、更に特殊に開発した人工知能システム処理で最善の治療方法を提案するのである。ヒポクラテスLLCに相談すると治癒率が98%以上と言われるほどに信頼が高く、最近では診断システムと相談システムの両方に新たな設備投資を行い、コンサル範囲を拡張することを企画していた。現在45歳である。

次男、忠義は次男坊らしく自由奔放で東大工学部の学生時代は自動車部に属して日本にいる時は解体と組み立てで真っ黒になり、年の半分は海外のサーキットで競技に明け暮れていたが、30歳を過ぎてから、父の忠常と共同で自己拡張型チップを自動運転システム向けに研究・開発・販売する事業を立ち上げ、現在は自動車産業向け自動運転システムを提供するアルキメデスLLCのCOOを担当している。現在40歳である。従業員1000人、年商4000億円、純利益400億円で、将来性は高く、海外からも提携希望が押し寄せていた。

一人娘、希和子は忠常自慢の娘で、容姿端麗しかも才媛であり、銀座や原宿で何回もファッションモデルや女優としての勧誘を受けていたが、その方面には全く興味が無く、父親の跡をついで、自己拡張型チップの設計、製造、販売を手掛けるヘラクルス株式会社のCOOとなっていた。従業員30,000人、年商2兆円、純利益3000億円の優良企業である。工学系には縁の無い文化人類学カルフォルニア大学バークレー校修士課程で終えた希和子は、当初はコンサル会社のマッケンジーで働いていたが、人工知能の将来性について客観的に現場の声を学ぶ多くの機会を得て、父忠常の先見性を認識し、5年後に帰国、企画担当副社長を経て5年前にCOOについていた。現在35歳となり、沢山のプロポーズを経験したが仕事の方が面白く、ボーイフレンドは沢山いても結婚の意思は全く無かった。

 

舞黒忠常はこの1年間悩んでいた。親しい友人の何人かが70歳を一つのターニングポイントとして相次いで他界しており、現在は健康そのものであるが、何時何が起こるか分からないという状況を深く噛みしめていた。そのような時に、大塚家具の親子の確執が話題を集め、ロッテホールディングの兄弟の確執が泥沼の様相を帯び、更に経営者として敬愛している株式会社セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文CEOが後継者指名問題で一線から不本意ながらも身を引き、ソフトバンクの孫CEOが大枚をはたいてハンティングし、後継者として広言していたインド系副社長を取締役から外すなど、心血を注いて育ててきたオーナー企業やカリスマ的経営者が跡継ぎ問題で苦労しているのである。

忠常は穏やかな性格の長男の忠則に跡をついで欲しいとかねがね思っているが、どうも経営的なセンスは低く、今回の診断システムと相談システムの増設計画では一貫して慎重な姿勢を崩さないので忠常が役員会で叱りつけたくらいである。常に競合者の出現に対してベンチマーキングなどを怠らないようにしなければならないのに、忠則は病例と医者の処置の正当性解析の方に興味があるなど臨床医の域を中々出ようとはしないのが難点である。ヒポクラテスLLCは忠常がハンティングしてきたCTOの仲代で持っているようなものである。

次男、忠義は動きが良く海外での人的交流経験もあるためか、グローバル市場を知っていて、性格的に陽性でもあり将来が楽しみな息子ではある。しかし、一方で明らかな二男坊であるため、やんちゃで騙されやすいなどフラジル的な面を持ち合わせており、ゼウスホールディングスの舵取りを任せるには不安である。何でもバランスが重要で、攻める時と守る時のタイミングと柔軟性が無いと経営者は成り立たないと忠常は確信している。

忠常が最も経営者として期待しているのが娘の希和子である。忠常の思考方法と同じで性格も似ており、どうして男に生まれなかったのかと残念で仕方がない。それを忠常が妻の高子に言うと、『お父さんは娘ばかり可愛がる』と文句を言うが、会社の経営に興味の無い妻は希和子が結婚しないことをむしろ非難しており、最も可愛い次男の肩を直ぐに持つので話にならず、忠常と希和子を一緒に非難することしかしない高子にもうこの事は話すまいと心に誓った。

 

ゼウスホールディングスの大番頭で、CFOを任せている金高正は創立時代からのメンバーで忠常が最も信頼している仲間である。ただ、年齢が68歳と若くはなく、後継者としては全く予定外で、他の役員や理事クラスを一人一人比較するがこれと言って後継者として任命したい人材はいなく、それを中学時代からの友人である坂田宏にぼやくと『だから、昔から俺はお前に忠告してきただろう、会社は人材だって』と遠慮なく言われる。そのような話は二人の隠れ家的な場所である銀座四笠会館の地下にあるバー1755に落ち着いき、カクテルを飲みながら行われた。

「誰か、こいつはという男、いや女性でもいいが、いないかね」と忠常。

「お前の最大の悩みだから、俺も何かと気を付けて周囲を見ているのだけれどね、本当に難しいね」と、ロブロイのスコッチウィスキーの味を確認しながら坂田は言った。

「うん、ありがとう。どうも、俺だけの眼だと主観が入り過ぎるので、お前のように多くの“人”を見てきた奴が頼りになるんだ」

「おい、どうした、今日はお前にしてはやけに下手に出てくるね。いつも、強気なのに、体でも悪いのか?」

「いや、そんな事は無いがね、こんなに悩むのならいっその事、ゼウスホールディングスを三つに解体して子供達に独立させてしまおうかと思うよ」

「それも悪くは無いと思うよ。正直なところね。でも、三つにバラすと折角ここまで伸ばしてきたビジネスが5年も経たないうちに自己崩壊を起こすというのがお前の持論ではなかったか?」

「うん、そうなんだよ。長男、次男、娘とそれぞれの良いところと悪いところを補完するようにゼウスホールディングスでコントロールしているからね。たまたま、今は三社とも景気が良いように見えるがね、世界景気の大きな潮流やイギリスのEU離脱のような想定外の事件が起きると1社ではとてもカバーできないからね」

「分かるよ。今は民主主義にさえ疑問符がつく時代だからね、誰だって先を見越すことはできないからね」

「そうなんだよ」

「いやぁ、先日日比谷シャンテで“帰ってきたヒットラー”というドイツ映画を見たけどね、面白いと同時に背筋が凍るような恐ろしさを感じたね」

「何だ、急に映画の話か?」

「ごめん、お前の悩みとは直接関係はないがね、欧州では何も決まらない民主主義が崩壊してヒットラーのような独裁者が出てくる可能性を示唆していると私はこの映画の背景を読んでね、会社経営も同じだと思ったものでね」

「そうだね、株式を公開して、会社が株主のためにあるという考え方に対して私も疑問を持っているから上場はゼウスホールディングスだけにしているのだけど、良い意味での独裁者が必要と思うよ」

「そうなんだよ、お前はその“良い独裁者”であったからゼウスホールディングスを切り盛りして伸ばしてきたのだよ。だから、やはり後継者にはそのような人物を選ばなくてはね」

「何か、ますます問題が難しくなったね。“良い独裁者”か?」

「そう、“良い独裁者”ね、お前みたいなね」

 

舞黒忠常は坂田の話に何かまだ分からぬが真実があるように思え、以来、寝てても、トイレの中でも、自動車を運転していても色々と考えた。ダイアモンド誌の選んだ世界の経営者50人を参考にしてジャック・ウェルチドラッガー、アンドリュー・グローブ、スティーブ・ジョーンズ、トーマス・ワトソン・シニア、アンドリュ・カーネギー松下幸之助、など多くの経営者の伝記本を読んだ。そこで出した結論は、自分には自分しかいないという事である。真似事ではなく、自分で考えるしかないという事である。当たり前と言えば当たり前の結論なので、これにたどり着いた時忠常は大声で笑いだしたので、たまたま居間に一緒にいた妻の高子が驚いて「あなた!どうしたの?正気?」と声を掛けてきた。

 

翌週、坂田といつもの1755で会った時、忠常がそれを言うと坂田も弾けたように笑い出したので、カウンターの中にいたバーテンダーの高山がびっくりして振り向き、カウンターの反対の端に座っていた自営業らしい男とその連れのマダムっぽい女性もこちらを胡散臭そうに見た。坂田はそれらに頭を下げた。

「済みません、驚かさせて」

「そんなに可笑しい事かね?」と、忠常は坂田が馬鹿にして笑ったように思えて少しばかり気色ばんだ。

「ごめん、ごめん。お前がこの2ヶ月も苦労してきたのを知っているので、その答えが“自分には自分しか成り得ない”というウロボロスの蛇だと知ってね、凄い結論だと嬉しくなったのだよ」

「何だい、そのウロボロスの蛇とは?」

「うん、ギリシヤ神話などに出てくる伝説の生き物でね、1匹の蛇が自分の尻尾を飲み込む姿を言ってね、「死と再生」とか「不老不死」などの象徴とされているのだよ」

「へぇー、そんな生き物に譬えられるんだ、ウロボロスの蛇か」

「そう、後継者問題を解決しょうとするとお前がウロボロスの蛇になって生き残るしかないのだよ」

「おい、一寸待てよ、という事は俺は死ねないという事か?」

「まさか、後、10年は間違いだろうが、85歳以上では記憶力、判断力などすべてが老化するだろうから体は生きていても経営者と言う意味では死んでいるね」

「じゃぁ、ウロボロスの蛇になれないじゃぁないか」

「あのね、さっき閃いたのだがね、お前の会社は人工頭脳を作るための自己拡張型チップなるものを研究しているよね。そして、それを使って忠則君は医療関係で最先端の治療を提供しているし、確か忠義君だったね、彼は自動運転用の人工知能システムを自動車会社に納めていたね」

「うん、娘の希和子の会社は新しい人工頭脳を開発するスタッフを沢山抱えているよ。それで・・」

「だからね、お前の会社の総合力を結集して、舞黒忠常をモデルとしてウロボロスの蛇を開発すればいいのだよ」

「えーっつ、俺をウロボロスの蛇にするの?何と言う発想だ!でも、面白いね。うん、実に面白い」

「いいか、それに成功すると、“良い意味での舞黒忠常という独裁者”が永遠に残るのだよ。ゼウスホールディングスは不死の会社になるんだ。それは凄いことだよ」

「坂田よ、お前は凄いことを発見してくれたね。俺はウロボロスの蛇になるんだね。いやぁ、不老不死化するなんて嬉しいね。蓁の始皇帝だって出来なかったことを俺がやるんだね」

「おい、おい、一寸待てよ、舞い上がるな、実際に出来るかはお前の会社の開発力に掛かっているのだよ。ここまでは、夢だからね。それを現実にするのはお前とお前の会社だ。忘れるな」

「うん、何せありがとう!生きる力が湧いてきたよ。高山さん、今日はそこの一番高いウィスキー、白州の25年物を開けて、坂田にじゃんじゃん飲ましてよ」

「よし、いつ気が変わるか分からないから早く開けて、このロブロイの後は25年物のロックでね」

「あははははぁ・・・」

 

次の週の役員会が終わった後、忠常は3人の子供達に残ってもらい、自分の決心を告げた。案の上というか、忠則はほっとした顔をし、忠義は、

「親父の考えだから従うけれど、人間よりも人工知能が優れているなどありえないよ。坂田の小父さんにウロボロスとか何とか言われて悪い夢を追っているのではないのかな」と、不満そうに言った。

「うん、私も冷静に考えてね、現在の人工知能は既に将棋や碁の世界で完全に人の知能を超えている事実や、お前たちが商売のネタにしている人工知能も当初に比べて100万倍以上も賢くなっていることを考えると、私の思考過程を覚えこませ、正確に世界の、社会の、競争会社の状況を把握し分析する能力を覚えこませればCEOは出来るのではないかと思うのだよ」と、忠常は自分に納得させるように忠義の顔を見ながら話した。

「ねぇ、お父さん、どっちみち私はゼウスホールディングスのCEOになれないのだから、今の考えに賛成するけれどね、そのウロボロスとか言う人工知能さんは私達の意見を聞いてくれるの?」

「希和子よ、一度だってお前が女だからと言ってCEOの候補から外した事はないよ。皆の前だから言うけれど、経営的センスは希和子が一番だよ。しかしね、お前はこれから結婚を真剣に考えねばならないし、相手がどのような考えの持ち主か今は分からないからね」

「私、結婚しないわよ」と、希和子はふくれ顔をしたが、センスが一番良いと言われたので悪い気はしていなかった。

「まぁ、それでね、希和子がいい名前をつけてくれたが、そのウロボロスという人工知能を持つ人型アンドロイドを三人の知恵を総集して早く開発してくれれば、当分は私の経営判断ウロボロス経営判断を比較して、また、学習させてね、皆が合格点をつけたところでCEOを本当に引き継ぎたいと思うのだけど、どうかね、忠則、忠義、希和子」

「俺、賛成するよ」と忠則

「うん、分かった。そのウロボロスとやらの性能を確認してから最後は決めるのだね。なら、いいよ」と忠義

「えぇ、いいわ。いざとなったら私がCEOをするからね」と希和子。

 

それからのゼウスホールディングスは極秘開発グループ“ウロボロス”を編成し、忠常に代わってCEOを代行可能な人型アンドロイドの開発に取り組んだ。1年目に完成したウロボロスαは何事にも慎重な性質を持った人工知能で幾つかの例題でテストを繰り返したが結局は使い物にならないとの判断で分解されてしまった。この失敗で忠常はウロボロス開発をあきらめかかったが希和子が、開発継続を強く主張し、開発チームメンバーを大幅に入れ替えてウロボロスβの開発に着手した。半年後にはウロボロスβが完成し、早速CEOテストに入った。同じ課題に対して忠常が下す判断とどの程度の違いがあるかが課題である。その頃、投資を終了していたヒポクラテスLLCの顧客開拓についてどのような診療科目を選ぶべきかの判断であった。先ず、忠則が専門的な観点と経験から回答を書き、それを参考にしていつものように忠常が方針を出し、誰もその回答を見ることが出来ないように金庫にしまった。全員が見守る中、ウロボロスβが3分ほど考えて回答を画面とプリントに打ち出した。全員が固唾を飲んで見守る中、忠常、忠則そしてウロボロスβの回答が開かれた。開拓すべき診断科目について忠則は“消化器科の慢性膵炎“とし、忠常をウロボロスβは“心療内科自律神経失調症”を選んでいた。前者は忠則の専門分野で日頃苦労しているので当然の選択と言えるが、何故忠常とウロボロス自律神経失調症を選択したのか忠義や希和子は不思議で仕方がなかった。その解析過程は別にして、ウロボロスは事業拡大規模を3年後に550億円と計算し、その根拠となる数値を克明に示していた。この数値は忠常の試算した400億円よりも多い数値であるが、患者数が明確でない分野だけに妥当な数値である。他に19件の例題、中には為替の動向を判断したり、日本の現在の与党が次の総選挙でどうなるかなどの例題もあったが、をチェックした結果、忠常とウロボロスの考え方は何と18問で同じであり、忠則とウロボロスはCEOとして同格であるという事に全員が同意した。因みに、意見が分かれた二つの例題は、一つは会社のポートフォリオで、ジャンキーな投信比率を10%まで許容するという忠常に対して、ウロボロスは世界の経済指標を従来の100万倍以上のスピードと精度で解析できるという人工知能の強みを発揮して投信比率を25%まで引き上げ、その分国債比率を下げていることであった。また、もう一つは、水素を原料とする燃料電池搭載車の普及見通しについて専門の忠義は10年後に30%、忠常は10年後に50%としたのに対してウロボロスは20%としか見込めないとした。その理由は高性能蓄電池の開発がNEDOで進展しており、原料となる炭酸リチュウムもウユニ湖から日本資本の開発参加で格安入手可能となると分析していた。対決の結果に対して誰も文句をつける人はなく、3人とも心底から参ったという顔をしており、特に開発をリードしてきた希和子は自分の性格が父親に似ていることもあり、これからも今迄通りに業務に関与できることを嬉しく思っていた。忠則はこれまでの路線と変化の無いことを知って安心していた。また、ウロボロスに批判的であった忠義も完全に兜を脱いでいた。これでは自分が幾ら逆立ちをしても敵わないと。

 

国技館は午後1時から総会が開始するというのに、朝8時にはマスコミ関係者が集まりだし、全体で約500社、内海外から約300社であるが、直前まで新規の申し込みがあり広報部では断るために大変な苦労をしていた。また、国技館とJR蔵前駅をつなぐ通りには株主以外の人も沢山集まり歩行さえ困難な状態になっており、急遽近所の警察から100人近い警察官が集められていた。

 

きっかり午後1時に壇上に舞黒忠常CEOなど現経営陣が現れ、忠常の司会で平成35年度の事業報告があり、それを承認する1号議案がかかり、何の意見もなく速やかに可決了承された。続いて2号議案で平成36年度の事業計画を忠常が発表し、満場一致で可決成立した。ここでシーンと静まり返って議事進行をただ見守っていた会場に一斉にフラッシュの光とシャッター音で騒然となった。車椅子に座った一人の年配者が舞台へと上がってきたからである。その年配者は遠目では判断できないが、近くからでは表情に乏しく、予め配布されていた手元資料に舞黒忠臣(まいくろただおみ)という名前がつけられた人型ロボットのアンドロイドであることが示されていたこともあり、話題の人工知能を持った人型アンドロイドであることが分かった。

ひとしきりシャッター音が鳴った後で、忠常は3号議案の人事提案に移ることを宣言し、手元資料の順に説明を始めた。

「では、来年度の人事についてお諮りします。今迄、私、舞黒忠常がグループ会長兼CEOを務めて参りましたが、グループ会長のみを私が継続して努め、新しい代表取締役CEOとしてここに出席しました舞黒忠臣を提案します。お手元資料に示しましたようにこの舞黒忠臣は人工知能を有するアンドロイドであり、法務省総務省及び内閣府と相談の結果、自然人、法人とは別のジャンルに入る人格を有する特殊個人として特例で認められました。また、経営責任を明確するために舞黒忠臣の経営判断で株主様に損失が蒙った場合の補償金1000億円を損害賠償として損保会社に預けたこともご報告します。」

ここまで説明した時、会場は説明された内容があまりにも驚くものであったために、大きなざわめきが波のように、あっちこっちでせめぎ合った。また、報道陣も舞黒忠常が読み上げた時の舞黒忠臣の反応を写真やビデオで撮ろうとして一生懸命であった。しかし、会場の騒然とした状況に対して、舞黒忠臣はかすかに目を瞬き、顔をやや傾けただけで静かに前方に視線を向けていた。

「では、提案に対してご質問や動議がありましたらご発言ください。ご発言の際は恐縮ですがマイクを係りがお持ちしますので、姓名を明らかにした後、一問一答方式で簡潔にお願いします。」と、議長の忠常が発言した途端に会場から20、30の挙手があり、忠常達経営陣は覚悟をしていたとは言え、今日は長期戦になることを覚悟した。

質問の殆どはアンドロイドである舞黒忠臣に経営判断を任せてよいかという事を種々の角度から質問されたものであり、初めは忠常が回答していたが、来場者を驚かせてやろうといういたずら心が湧き、ある質問に対して、予定外であったがアンドロイドの忠臣に回答させることにした。

「私は、月影晋と言います。新CEOの舞黒忠臣氏がCEOを退任する時はどのような場合でしょうか。人間ならば年齢や健康などの条件があると思いますが」

「では、その回答を舞黒忠臣自身から回答させます。」と忠常は役員隻で最も忠常寄りに座っている忠臣に発言を促した。

「今のご質問に回答致します。」と、アンドロイドの忠臣が高倉健に似た口調で話し出したので、会場はまた、驚きと興奮の波をかぶった。

「私はご覧のようにアンドロイドですので、病気も年齢もありません。従って株主の皆様が私の経営判断に“ノー”を突き付けない限り、その役割を果たしていきたいと考えています。自分なりに先ず1年目に、厳しくチェック頂き、もしそれで合格点を頂ければ後は、3年、7年とチェックポイントを置いたら良いかと思います。ご理解頂けましたでしょうか?」と、しっかりとした、朴訥な口調で忠臣が話終えると、会場から大きな拍手が沸き上がった。まさに、自然人としての人間と特別個人としてのアンドロイドが手を取り合った瞬間である。

 

報道合戦はその日の夕方から世界的に始まり、舞黒忠常と忠臣はNHKを始めとして、米国のABC、フランスのFrance 24、ドイツのドイツ公共放送連盟(ARD)など世界中の報道番組から引っ張りだこの有様であった。また、月曜日に開いた東京証券取引所ではゼウスホールディングスの株が開始10分でストップ高をつけたのは、それだけ革新的な経営戦略をゼウスホールディングスが採用した事を市場が評価したと同時に、後継者問題で悩むことなく安定した発展を望めると判断したからであろう。

 

画期的な株主総会の後、忠常自身もああは言ったけれど、実際の現場における忠臣の経営判断に120%の信頼を置いていなかったこともあり、最初の3か月は全ての案件について自分も判断し、その内容と忠臣の出した判断を突き合わせていたが、あまりにも同じ内容であったり、時には更に一歩先を行く内容であったので、半年を過ぎてから10億円以上の投資や契約が絡む案件だけに絞り、1年後の株主総会では全てを本当に任せていることを報告するまでになった。3人の子供達も今では忠常以上に忠臣に相談するようになり、経営全体も純利益が前年度比で30%という驚異的な伸びを示していた。

 

そんな時、いつものように銀座1755でカクテルを飲んでいた忠常に坂田がつぶやいた。

「おい、舞黒よ、何か此の頃依然の覇気が見えないぞ。アンドロイドに負けるなよ」

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

ウロボロスの蛇(要旨)

 

人工知能用の自己拡張型チップの開発、製造を行い、その応用分野として医療関係や自動車の自動運転システムなどへの展開を行っている㈱ゼウスホールディングスの舞黒忠常CEOは自分の年齢を考慮して後継者を早く決めようとしている。しかし、息子二人と娘一人には一長一短があり、内部昇格や外部からのハンティングには自分と違う経営判断をするのではないかと消極的である。ある日、親友の坂田宏と飲んでいる時に“ウロボロスの蛇”というギリシヤ神話の話を聞き、自分の会社で研究・開発している人工知能を使って自分と全く同じ思考過程を持つ人型ロボットであるアンドロイドを作り、自分に代わるCEOにして経営を任せることを決断した。

ゼウスが世界特許を持っている人工知能用の自己拡散型チップを組み込んだ人型アンドロイド(商品名ウロボロス)は、CEOへの徹底的な口頭試問にも合格し、世界中のマスコミが特別参加した株主総会でCEOとしてのデビューを無事果たす。その後、会社の経営も順調で問題は無いのだが、新たな問題は後継者が出来たことで忠常が覇気を失ったことである。

 

AIの脅威についての意見表明

2015.7.29ブエノスアイレスで開かれた「AIに関する国際会議」に”自律ロボット兵器の禁止」を訴える書簡をイーロン・マスク、スティーブン・ホーキング博士、エリック・ホロヴィッツなどの知識人が提出したことは知られている。これはAIの開発が進み、”思考の自律化”が可能になると、ある程度の”意思”を持つロボット兵器の製造・展開が可能になることの脅威を懸念しての意見表明である。

福島原発廃炉作業に向けての危険作業などに対応した”自律ロボット作業員(装置)”というのなら、それなりに意味があり、ぜひとも開発・応用して欲しいと思う。しかし、廃炉作業向けのAIと兵器向けのAIでは何が違うのであろうか?その目的は異なるにしても、AI自体の能力は恐らく殆ど同じであろう。原子爆弾原子力発電の比喩を持ち出さなくても理解できよう。だから、私は心配なのだ。技術開発というものは、一度走り出したら技術の追求という名の下に、どんどん進展していく。特に、現在のように開発ツールが豊富に身の回りにあり、利用できる時代では。

私は”自律型アンドロイド”の開発が10年以内に十分可能という見通しの下に、第4回日経新聞主催の”星新一賞”に複数のSF小説を応募した。2月24日発表では見事に落選したが、書いている内容は未来社会に対する啓蒙である。即ち、"AIの脅威を今から予測して対応を図らないと我々の存在しているアイデンティティが喪失する”と。

そのためには、先にも書いたように、歯止めを先に考えて、規制をかけてから許される範囲に限定したAI利用開発研究・応用展開を行うべきだという事である。

何か、今は熱病に浮かされたように殆どの国及び企業等の研究開発部門が”AI”に走っているのは心底から恐ろしい。

次回に、星新一落選小説を掲載しよう。ご笑覧頂ければ幸いである。

dosankojj