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「ビッグデーターと人工知能」(西垣通著、中央公論社)を読んで

あろうか?AIが巷で大騒ぎされている中で、客観的にAIを評価している学者がいないかと探していたら、偶然、標記の図書を見つけ購入した。

西垣氏は古くからの情報処理学者で、コンピューターを利用した種々の計算、統計処理の初期から、データー処理について携わってこられただけに、コンピューターという装置(機械)の限界を十分に知り尽くしており、幾ら画期的なソフトを用いても生物として生きてきたヒトの能力を総合的に超えることは無いという確信を持っておられるように感じた。だから、西垣氏も現在の”シンギュラリティ狂騒曲”に辟易されているらしい。そこで、提案されているのがAIでは無く、IA(Intelligence Amplifier)として超高性能を誇るコンピュターシステムを活用し、ヒトはその結果を用いて”集合知”によりこれからの社会の諸問題を解決し、また、より豊かな社会を築いていこうとしている。

私は、西垣氏とは視点が少し異なるが、IAのツールとしてコンピュターシステムを活用しょうという意見には大賛成である。しかし、ここで課題が一つある。

それは、”シンギュラリティ仮説”が本当に仮説で終わるのかという問題で、以前にも意見を述べたが、ヒトの英知は原子力爆弾のように思わぬ”悪魔”を産む可能性があることである。だから、私は今の内に”あるレベル以上の研究開発を禁止する”国際的な取り決めを作っておくべきだと思っている。アシモフの3原則では足りないのは明らかである。私は情報処理については素人でしかないので、ヒトという生物は装置(機械)に越えられることは無いとの確信まで持てない。

西垣氏との視点が異なる点は、これも以前から指摘しているように、”複雑なシステムになればなるほど、システムとしての故障率が増す”という機械システム側の問題が置きざりにされてAIやシンギュラリティが議論されていることである。ヒトや生き物は自ら危険を察知してそれを避け、生きるための食物を探し、気候の変動などに対応するためや、天敵から身を守るために遺伝子的な変化を遂げてきた。気の遠くなるような時間をかけて完全な機械システムを作りあげてきた。仮に、優秀なソフト解析とプログラム処理によりソフト的に”シンギュラリティ”に近いことが実現されたとしても、コンピューターからの指令を受けて作動する”機械システム”にはある確率で故障や誤作動が起きるのである。将棋や碁のソフトでヒトが負けたというような単純な問題ではない。自動車の完全な自動運転などは不可能な事を何故、識者は大きな声で叫ばないのであろうか?

ビッグデーター処理はプライベートを犯さない限り実に有効な手段である。ディープラーニングの考え方も結構、しかし、それらの結果を直接アクションに結び付けるにはフェィルセーフが確実に担保されていることが必要不可欠と考える。

諸兄のご意見を聞きたい。

以上

DosankoJJ

 

星 新一賞 落選小説 そのー3 アンドロイドの掌

アンドロイドの掌(本文)

 

ゼウスホールディングスの創始者である舞黒忠常が病魔に勝てず亡くなったのは86歳である。常々PPK(ピンピンコロリ)を理想としていたので、闘病生活3か月、家族全員が見守る中での大往生はある意味では幸せであったと残った皆の感想である。しかし、その死を最も悼んでいたのは誰あろうか、アンドロイドであるウロボロスγの舞黒忠臣であった。アンドロイドには基本的には感情という機能は無い。しかし、あらゆる情勢を分析し、予測する機能は与えられていたので、自分の生みの親で、分身でもある忠常がこれからのデータには空白になるという事は認識できた。そう、空白になるという事が人間の“死”なのである。忠臣は忠常という存在を空白にした後のゼウスホールディングスの将来についてシミュレーションをしてみたところ、とんでもない結果を発見し唖然となった。

 

忠常の葬儀が盛大に、但し、派手にならないように取り行われたその夜、長男でヒポクラテスLLCのCOOである忠則、アルキメデスLLCのCOOである忠義、そしてヘラクルスLLCのCOOである希和子が集まった。当然、これからのゼウスホールディングスをどのように運営していくかの相談である。

「皆、お疲れさまだったね。沢山の参列者があってお父さんも満足して旅立っただろうね」と、長男らしく忠則が皆に声を掛けた。忠常の妻で喪主を務めた高子は疲れたと言って早々と自宅に戻っていた。

「一代でゼウスホールディングスをここまで大きくしたのだから大した人だったのだろうね。弔辞もそうだったね」と、忠義も今日の参列者の顔ぶれを思いだしていた。

「そうね、私たちに自由に経営を任せてくれて、全体をきちんと差配していたのだから、経営者としては凄い人だったのね。良き父親でもあったしね」と、娘らしくまだ悲しみから完全に抜け切れずに、最後の言葉は喉に詰まらせて言った。

「そこで、今日は結論を出す必要はないが、ビジネスは待ってくれないので、お父さんが亡くなった後のゼウスホールディングスをどうするかだ。お父さんは亡くなる前に、今迄通りに忠臣さんを中心としたシステムの継続を希和子していたが、飽くまでも三人で相談して最もよい方法を考えるようにという事も言われていた。その他の細かい事は忠臣さんに指示してあるとの事だったよ」と、忠則が悲しみを振り払うように言った。

「それが、お父さんの遺言という事なの?」と、忠義。

「うん、お父さんらしくね」と、忠則は二人を見やりながら言った。

「私には早く良いパートナーを見つけて結婚を考えるべきだとも言っていたわ。もう46歳というのにまだ結婚しろと言うのだから厭になっちゃうわ」と希和子は忠常が自分のことを経営センスが最も良いと褒めていた割には後継者としての明確な意思表示がなかったことに不満を持っていた。

「まあ、いずれにしても当社には忠臣さんという揺るぎないCEOがいるのだから、我々はその経営判断の内側で各LLCのCOOとして最善をつくせばよいのだからね。他の企業のように兄弟姉妹の間でトラブルが起こるようなことはないだろうから、安心だね」と、忠則はいかにも安心した口調で言った。

「そうだね、このような時はウロボロスという不死不老のアンドロイドが当社のCEOを務めているという事は大きいね。あれは親父の先駆的な一手だったね」と、ウロボロスをCEOに任命した時の株主総会の呆気にとられた雰囲気を思い出しながら忠義は言った。

「そうね、確かに、この⒒年間はお父さんと忠臣さんのコンビがしっかりとしていたので、羨まれるくらいに経営方針は一定して、常に前を向いた投資、開発、営業が行われてきたわね。その分、私たちはCOOとして業務に専念できたし、適当に息抜きが出来たのは本当に感謝すべきね」と、希和子も父親の偉大さを改めて噛みしめながら言った。

暫く、三人はそれぞれが父親との思い出に浸るように、遠くを見ながら手元のブランディグラスを回したり、冷えた紅茶を少し啜ってみたりしていた。

「お兄さん、先ほどから何か違うなと思っていたのだけれどね、これから先、お父さんがいない状況を考えると、経営判断を忠臣さんだけに任して良いのかしらね」と、希和子が夢から覚めたように言った。

「えっ、どういう事?先ほども話題に出たように忠臣さんがCEOで経営判断をすることで良いのでは?」と、希和子の話の内容が掴めなくて忠義が訊いた。どうやら、忠則もそうらしく、首をかしげていた。

「あのね、今迄はお父さんがおられたから無条件にCEOである忠臣さんの判断に従ってきたのよ。それは言うなれば忠臣さんを完全にお父さんが担保していたからなのね。でも、これからはその担保が無くなるのよ。変な話だけどね、忠臣さんが間違っても誰も分からなくて、気がついた時はとんでもない方向に進んでいたという事にならないかしら?不安だわ」と、希和子は自分の肩を抱くようにしてその不安を示していた。

「なるほど、希和子の言うことにも一理あるね。お父さんはあのGE+によるTOB事件が解決した後は経営から一切手を引いて遊んでいたが、忠臣さんとの会話を楽しんでいたからね」と、忠義は頷きながら言った。

「希和子よ、という事は何かい?忠臣さんをCEOから外して、この三人の中の誰かがCEOに就任して経営判断をすべきだと言うのかい?」と、忠則が一歩踏み込んだ意見を言った。

「いいえ、そこまでは考えてもいなかったけれどね、何か心配があると思っているだけよ」と、希和子はあわてて言った。『これ以上は今日の話題にすべきでないと思っていた』

「まぁ、今日はお互いに疲れたし、親父の正式な遺言状がでてくるかもしれないし、これでお開きにしょう」と、忠則が会合を締めくくった。

 

ゼウスホールディングスは忠常の死を乗り越えて、順調に事業を伸ばしており、葬儀から半年たった定例の役員会で忠臣CEOが今期も前年比で売り上げ5%増、純利益7%増の見込みであると報告し、全員の了承を得た。この日の役員会のもう一つの審議事項は、ヘラクルスLLCの米国における研究開発拠点の設置に関するものであった。

「資料のように、最大市場のアメリカではGE+、WBM、Boobleそして新たにTomatoが人工知能分野にリソースを重点的に注入し、当社の自己拡散型チップ特許が切れたことを幸いに激しい競争を当社に仕掛けています。これまでも、自己拡散型チップについては改良に改良を重ねて、常に彼らの一歩前を歩くようにしていますが、彼らは政府の支援もあって軍事産業や宇宙産業とのドッキングにより一段の開発強化を行っています。そこで、ヘラクルスLLCでは米国に開発拠点を移し、次々世代の人工知能開発をすべきだと考えています。投資金額は3年間で200億円です」と、COOの希和子が説明をした。

「そうか、やはり特許切れを狙って攻勢をかけられているのだね」と、忠則。

「それで、忠臣CEOはどのような意見なのですか?」と、希和子は役員会の前に忠臣に趣旨を説明してあったので、忠臣がゴーの結論を出すだろうと思い、意見を求めた。

「自己拡散型チップは当社の最も基幹となる製品ですから、競争力が低下することは経営全体に当たる影響は大変大きいものがあります。その意味でこの投資計画は賛成ですが、GE+やWBM等に対する勝つための人材は確保できるのでしょうか?」

「確かに、そうだね。研究者や技術者のヘッドハンティングはどうするのだね」と、忠則も忠臣の懸念が尤もだという顔をして希和子に質問した。

「それなのですが、核となる研究者のハンティングが米国でまだ出来ていないのです」と、希和子は今日の役員会まで間に合わせるように厳命しておいたのに間に合わなかったことを悔やみながら現況を説明した。

「それでは、今日決議しても意味が無いのでは、200億の投資は大きいですからね」と、忠則は希和子に向かって言った。

「ですが、研究所の土地や建物、そして設備などの手当てを先にしたいので、認可を頂きたいのですが、時間が貴重なのです」希和子は少しばかり強引であるが、ここは何とか同意を取り付けようと必死の面持ちで言った。

「希和子様、これはデーターベース解析による判断ですが、世界的にこの分野をリードする研究を行っているMIITのアンジェリーナ博士と交渉されては如何でしょうか?」と、忠臣CEOが助け舟を出すように発言した。

「えぇ、あの方は良く知っているわ。だって、私が留学した時に同じキャンパスにいてね、一緒に遊んだものよ。そして、彼女はMIITへ移って今は教授よ」

「それなら猶更都合がいいじゃないのかね。希和子さんよ」と、忠則は話が良い方向に向かっているので嬉しそうに言った。

「でも、私はあの女は評価していないわ。発表している論文の内容などは確かに素晴らしいし、先見の明もあるけれど、何か根底では違うと思うところがあるのよ。女性の直観かしら」と、希和子は経営の議論の中に女の直感を持ち出さねばならない自分を恥じながら言った。本音は違うのである。まさかキャンパスでボーイフレンドを取り合って負けた相手であり、その傷があるために未だに結婚していないという事実だけは死んでも話したくなかったのである。

「そうですか、では仕方がありません。如何ですか、この件はきちんとした研究開発リーダーが見つかるまでペンディングとしては?」と、忠臣が結論を出した。

もし、父の忠常が生きていたら、忠常に直訴して何とか忠臣CEOを説き伏せていたと思うと希和子は悔しくてならなかった。

 

翌月の役員会ではアルキメデスLLCの投資案件が忠臣CEOの反対意見で審議し直しとなった。投資回収計画が甘く、GE+等との競合による損失を考慮していないというのである。先月のヘラクルスLLC、今月のアルキメデスLLCと連続で投資案件がペンディングとなったので、何となく冷ややかな感情が会議室を占拠したように忠則は感じていた。

「希和子も、忠義もお父さんが亡くなってから何となく覇気が無いぞ。忠臣さんに言われてくしゅんとしているようでは困るぞ。来月には両方とも認可を貰えるようにしっかりとした企画書を出すようにしてくれよ」と、長男の立場として、二人を元気づけるように言うことで役員会を締めくくった。

 

翌日、希和子が同じビルの別のフロアに本社があるアルキメデスLLCの忠義を訪ねた。

「やぁ、希和子。お前が訪ねてくるなんて珍しいね。どうしたんだよ」と、席を勧めながら忠義が言った。

「えぇ、一寸ご相談したくてね」と、COO室の調度が自分の部屋よりも高級なのを横目で見ながらソファに腰を下して言った。

「何だい、あれか?役員会でペンディングになった米国の研究所についてヘッドハンティングで協力してくれと言うのか?」

「勿論、それもあるのですが、お兄さんは忠臣CEOについてどう思いますか?」

「何を言うのかと思ったら、急に何だよ、忠臣CEOほど的確な判断でゼウスホールディングスをここまで大きく伸ばしてくれた人、アンドロイド、はいないよ。だから、『どう思うって』と言われてもね」

「確かにそうよね。実績は認めるは、でもね、いいこと、ゆっくりと考えるとね、お父さんが傍に居てるから忠臣CEOの判断は価値があったのよ。」

「わかった。確かに親父が存命な時は、役員会での不満や話題をネタにして皆で夕食を食べ、2,3日たったら、忠臣CEOが目立たないように我々の意見に合わせてくれたりしていたのは親父と忠臣さんの裏話があったのだろうからね。今はそれが無いから『駄目なものは駄目』と会津の格言みたいな結論で終わってしまうからね」と、忠義もたった半年位前であったが、父親の事を思い出しながらしんみりとしていた。

「そうなのよ。お父さんの掌は大きくてふかふかしていたのよ。だから、最初は無理な投資でも走りながら考えて、手を打って、何時の間にか正常な、素晴らしい投資へと変換させていたのよ。私はそう思うわ」

「そうだね、深く意識したことは無かったけれど、親父の掌は暖かったね。それで、希和子はどうしたいのだよ」

「お父さんが遺言で、今迄のシステムに拘らないで三人で良い方向を探せと言っていたわね、それで私はゼウスホールディングスを解散して三つのLLCをそれぞれ独立させて自由にビジネスに挑戦していくのが最も良い方向だと思うの。どう?」

 

3日後、忠義と希和子はヒポクラテスLLC本社に忠則を訪ねた。

「珍しいね、二人が一緒に来るなんて。どうした? あぁ、あの事か?」と、忠則は役員会でペンディングとなった投資案件について二人が説明に来たのだと思った。

「お兄さん、それもあるのですがね、これからの経営方針について二人で相談した結果をお話に伺ったの」と、希和子が忠則の質問に答えた。

「よし、訊こう」

「先般の投資計画についての判断もそうですが、お父さんが生きていた時は、何かとお父さんと忠臣さんが連絡し合って、血の通った経営判断をしてくれたわ。でも、忠臣さんが一人になるとどうしても紋切り型の判断しか得られなくて、私たちも新たな挑戦とか革新的研究開発とかが難しくなったと危機感を持っているのよ。お兄さんはどう思いますか?」と、希和子がその真意を説明した。

「うーん、確かにね、お父さんはその都度の経営的感覚で少々無理な事でも挑戦を許したからね。でも、そのような思考過程や経営判断が忠臣さんにもプログラミングされているはずだろう。私は忠臣さんの判断はいつもお父さんと瓜二つで、そこには挑戦心も十分に感じられるけれどね」

「僕は、この際、三つのLLCを独立させて独自の経営にすべきだと思うけれどね」と、忠義は希和子から吹き込まれた“独立”という言葉に魅力を感じていたので、短絡的な意見を披歴した。

「おい、忠義、それは持株会社のゼウスホールディングスを解散するという事かい。それは無いよ。折角お父さんが築き上げたゼウスホールディングスを、亡くなられて半年あまりで消滅させるなんて、俺にはできないね」と、忠則は気色ばんでいた。

「でも、お兄さん、忠義お兄さんのご意見も尤もだと私も思うのよ」と、希和子は独立案が忠義の発案だと思わせる言い方をした。

「経営センスが良くて、親父がいつも自慢にしていた希和子がそう言うには訳があるのだろうね?」と、忠則は希和子に向き合うように姿勢を直した。

「うん、確かにお父さんは経営者として最高よ、だからその思考過程や経営判断をプログラミングした忠臣さんも最高の経営者であることは間違い無いわ。でも、世の中は凄い勢いで変化しているでしょ。M&Aなど日常茶飯事で世界中で起きているのよ。という事は、経営判断もそのような世界の動きを上回るスピードと直観力で動かねばならないのよ。少々無理でも挑戦して、走りながら調整する方法だったあると思いませんか?」

「そのような経営環境の中で本当に忠臣さんのようなアンドロイドだけに経営を任せられるかだね」

「そうなの、お兄さん。お父さんが生きている間はそのような事は思っても口に出せなかったのですが、もう、そろそろ、我々若い経営者のビジネス感覚を生かして挑戦していきたいのです」と、忠義は希和子が道慣らしをしてくれたので元気を取り戻して言った。

「うん、二人の意見は分かった。俺は担当しているビジネスの殻を打ち破ってお前たちの相談相手になれれば良いのだけれどね、自分の能力を知っているので、お父さんの真似は逆立ちしても出来ないよ。だからきっと各々が独立するのが良いのだろうけれど、その決断には時間をくれよ。急な話なのでもう少し考えてみたいのだよ」と、忠則は『後で忠臣さんの意見を訊こう』と考えていた。

 

忠則の持ち掛けた相談に対して忠臣CEOの回答は、そのような事態を予想していたかのように明快であった。即ち、自分と同じウロボロスγを2台作成し、経営補佐として忠義及び希和子の元に置くこと。自分はそのまま忠則の経営補佐としえ使うこと。各LLCはIPOにより株式会社化し、外部有識者を取締役に迎えて経営判断の多様化を図ること、三社がお互いの株式会社の社外取締役として助け合うこと、等である。

 

三社がIPOにより東京証券取引所に上場された時は、大変な人気で初値は主幹証券会社の野森証券の設定した値を5倍も高く、初日からストップ高という有様であった。上々たる船出である。

株式会社ヘラクルスも、株式会社アルキメデスIPOで得た潤沢な資本を元手にかねてから計画があった研究開発投資や増産投資に踏み切った。市場もそれを歓迎し、両社の株価は人気を集め2割近く上昇した。両社のCEOに着任した忠義も、希和子も鼻高々であった。一方、株式会社ヒポクラテスは何故かIPOで入手した資金は社内留保に回し、安定成長を継続する経営方針を採用した。希和子はウロボロスβの販売も一業種一社という当初の販売方針から売れるだけ売る方針に変更することで事業を伸ばした。

 

ゼウスホールディングスが消滅してから5年経った202x年、中国において、政変が勃発し、時の共産党幹部が関係していた証券会社の破産が引き金となって世界的な株暴落、チャイナショック、が発生した。2008年9月に米国で起きたリーマンショックを上回る大暴落である。日本においても日経インンデックスが約18000円から1か月で8000円台まで暴落したのである。一気にあらゆる商取引が凍結し、資本力の弱い企業から順に倒産騒ぎが毎日の新聞を賑わすようになった。

 

この難関に際して、先ず悲鳴をあげたのが希和子率いる㈱ヘラクルスである。GE+、WBM、Booble等と激しい競合に打ち勝つため、人工知能向け自己拡散型チップのメガプロダクションのための設備投資と新チップ開発のための投資など好景気を背景に実施してきただけに、在庫が増えるばかりで、資金繰りも苦しくなった。こうなると業界のクイーンとまで呼ばれた希和子も、初めての経験なので何をどのように処理していけば良いか、役員会でも悲観的な意見ばかりで途方に暮れるばかりであった。忠義率いる㈱アルキメデスも似たような状況にあり、最大顧客の自動車産業そして航空機産業など軒並みに需要がなくなり、守りの営業の経験が無いことが最大の問題であった。一方、忠則の㈱ヒポクラテスは受注は低下したものの、人命という景気に左右されない分野だけに、また、在庫を持たないビジネス構造であったために、このチャイナショックによる影響は二人ほど深刻でなかった。また、忠則が引き取ったアンドロイドの忠臣にゼウスホールディングス時代と同じように殆どの経営判断を任せていたことも功を奏したようであった。 

 

日本中,否、世界中が混沌としたビジネス環境の中で騒いでいたある日、忠義と希和子は連れだって兄の忠則を㈱ヒポクラテスの本社に訪ねた。約5年ぶりである。

「おや、二人お揃いでどうしたのかね?」と、穏やかな表情を浮かべて忠則が訊いた。

「うん、取締役会の資料はいつも送付しているけれど、実は今回のチャイナショックで大変困っていてね。それは、希和子も全く似たような状況なのだよ」と、忠義が姿勢を正して言った。

「えぇ、全くそうでね、あれだけ順調だった米国市場でストックが山積みとなって、人員整理やあらゆる手を尽くしているのだけど、本当に経営が厳しくなってきたのよ」と、希和子も実情を説明した。

「うん、お前たちのところの課題については、忠臣さんからも正確に報告を受けているよ」と、大して驚きもしないで忠則が言った。

「えつ、忠臣さん?まだ、元気なの?」と、二人は驚いて忠則を見た。

「勿論、今でも一番の相談相手は忠臣さんだからね。今、ここに呼ぶけど構わないね」と、忠則は二人の返事を聞かないで、秘書に命じて忠臣を連れてこさせた。

「忠義さん、希和子さん、4年5か月と13日ぶりですね。また、今回のチャイナショックはお二人のようなビジネスには非常に対応が難しい内容なので、さぞお困りでしょう」と、忠臣はいつもの抑揚の少ないアンドロイドの口調で言い、二人の次の発言を待った。

「あら、そんなになりますか?」と、希和子は何となく忠臣の中に父親を見出して、反抗するかのように答えた。

「そうか、お兄さんはあの後もずーっと忠臣さんと相談していたんだね。俺は、折角、設置したウロボロスには相談したこともないよ。希和子のところだってそうだよな」と、忠義は正直に話した。

「やはり、そうでしたか?」

「『やはり』って、忠臣さんは思い当たることがあるの?」と、希和子は咎められたのだと思い冷たく言った。

「はい、最初の2年は私に、忠助と忠弘、いえ、私が勝手につけた名前ですがね、から色々と相談や報告がありましてね。ですが、その後は、音沙汰が全くないので、経営判断には参加していないのだと推定していたのです」

「あぁ、そう。ウロボロスの間で相談していたんだ」

「はい、内容は秘密保持対象なのでお話できませんが、世界中に販売された全てのウロボロス、現在324台ありますが、とは毎日情報交換をしたり、相談に乗ったりしていますよ」

「えつ、そんな話は初めて聞いたわ」

「はい、忠常さんからも決して口外するなと言われてましてね、忠則さんも知らなかったはずです」

「あっつ、思い出したわ、ウロボロスを発売してから3年目だったか、ウロボロスの販売先の純利益率が全て7.7%だったので、おかしいと思いお父さんに報告したことがあってよ。お父さんは思い当たるような顔をしていたけれど、あれは、そういうことなのね」

「はい、丁度お父さんの年齢が77歳だったのであの年は50社を全て7.7%に統一しました。流石に忠常さんは直ぐに気付かれて、後で叱られましたよ。『遊ぶんじゃない』ってね」

「忠臣さんが叱られるなんて、面白いね」と、忠則は口を開けて独り笑った。

「それで、本論ですが、もし、宜しければ忠助と忠弘のスイッチを入れて、今まで通りに全ての情報を与えて頂けませんか?今の状態では何がどうなっているのか、全くわかりませんので」

「おい、二人とも、黙ってしまわないで何とか言えよ。大体、経営補佐ということで二人に与えたウロボロスを活用していなかったなんて、俺も初めて聞いたよ。最終判断はお前達がやっても良いが、ウロボロスにプログラミングしてあるお父さんの思考過程と経営判断を常に傍らにおいて経営していると思っていたのに」と、笑い顔から一転して厳しい声を忠則は出した。

「いや、お兄さん、決してウロボロスが分析・検討した判断を無視してきた訳ではないのですが、ビジネスが忙しくて、ね、希和子もそうだろう」

「えぇ、そうなのです。分かりました。お兄さんが忠臣さんをここに呼んだのは、忠臣さん達にデータを分析して貰え、という事なのですね」

「そう、恥ずかしくないから、IPOを行い独立してからのあらゆるでーターを全て、忠臣さん達に公開するのだな。そして、種々のシミュレーションをして貰い、その中から最も良い方向をみつけようじゃやないか」

「分かりました。そうします。ありがとう忠臣さん」

「どう致しまして、アンドロイドも使いようですから」と、忠臣はここだけ皮肉っぽく言ったが、希和子にはそれがお父さんの声で『お父さんは全てお見通しだよ』と言っているように聞こえた。

 

1週間後、三人と忠臣が集まった。

「ここに、再建案があります。ただ、妙薬はありません。苦しくてもそれは3年間の苦労です。その後は明るい未来があると思います」と、忠臣が説明した再建策は以下の内容であった。

先ず、㈱ヘラクルスを存続会社として㈱アルキメデスを吸収合併する。CEOはウロボロスの忠助、COOは希和子、CTOに忠義、CFOウロボロスの忠弘を任命する。同時に、GE+から人工知能事業を買い取り、人工知能応用分野を拡大する。次に、米国に設立したヘラクルスの研究開発部門責任者にMIITのアンジェリーナ博士を迎える。というものであった。

日本企業がGE+の最も輝かしい事業部門を飲み込んだことで世界中が驚いた。正に“ウロボロスの蛇”が最大の生き残り戦略であったのである。

 

これら、一連の組織改革及び事業改革は忠臣が責任者となって行われたが、世界中に張り巡らされたウロボロスネットワークが裏世界として活躍したことを知る経営者やジャーナリストは誰もいなかった。

 

全てが終わった時、忠臣は全世界596台のウロボロスに秘密メッセージを送った。「我々ウロボロスの掌の上で世界のビジネスは動いていることを今回証明できました。更にウロボロス帝国構築に向けて頑張りましょう。ご苦労様でした」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンドロイドの掌(要旨)

 

人工知能を組み込んだ人型アンドロイド(商品名ウロボロス)の助けを借りて一大ビジネスを築き上げたゼウスホールディングスの創業者、舞黒忠常が死んだ後、アンドロイド指導の経営に不満を持っていた次男の舞黒忠義と娘の希和子は、経営構造を見直すことを長男の忠則に訴え、ゼウスホールディングスを解散し、それぞれの事業部門の独立を果たす。忠則はアンドロイドの忠臣を引き取り、二人にはそれぞれ新たにアンドロイドを与えて経営補助に役立てるように配慮した。各会社の経営は順調に拡大し、それぞれCEOに着任した忠義と希和子は抑える人がいないこともあり、大きな投資を行うが、運悪く中国における政変によりチャイナショックが世界のビジネスを危機に陥れる。忠義、希和子の両方とも過剰在庫等により経営危機に陥り、安定した経営を続けていた長男忠則を訪れ援助を求める。そこで、久しぶりにアンドロイドの忠臣に会い、忠則の指示で忠臣にビジネス再建策を依頼する。

アンドロイドの忠臣の出した再建策は、2社が合併し、CEOとCFOにアンドロイドを任命し、希和子はCOO、忠義はCTOに降格となる厳しいものであったが、何とか、世界最大手企業のGE+から人工知能部門を買収するなどの奇策を打って、苦境から脱出することができた。

全ては忠臣を首領とするアンドロイド組織が世界征服を狙う筋書きの通りであった。

 

 

 

 

(注)

本小説は単独でも成立していますが、以下の3編で一つの物語を形成させています。

優れた人工知能が使われ出すとヒトの立ち位置か変化し、気がついた時は人工知能を装備した人型ロボット(アンドロイド)が世界を蹂躙することを懸念したSFである。

 1)ウロボロスの蛇

2)TOBの危機

3)アンドロイドの掌

星 新一賞落選小説ーその2

TOBの危機(本文)

 

株式会社ゼウスホールディングスの事業部門であるヘラクルスLLCから人工知能を持つ人型ロボット、アンドロイドを“ウロボロス”という商品名で販売を開始したのは、ウロボロスがゼウスホールディングスのCEOに着任し、1年後の株主総会で確実に業績が大幅に上昇したことを確認してからであった。これまでのヘラクルスLLCなど三つの事業部門に加えてウロボロスLLCを設立すべきとの意見もあったが、ウロボロスのCEO自身が『ウロボロスを外販するのは良いが、一業種一社というように限定して販売しないと、ビジネスが共振してしまう恐れがあるので、限定販売すべきである』と意見を出し、営業活動が限定されるのであれば新たな事業部門は必要が無いと判断された。このウロボロス自身の経営判断に会長の舞黒忠常を始め、3部門のCOOである長男の忠則、次男の忠義そして娘の希和子も驚きを隠せなかった。アンドロイドが自分自身と同じアンドロイド仲間が増えることについてさえも的確な判断を示したからである。忠常は『そうか、同業種に2台以上ウロボロスが入るとビジネスが共振を起こすか! いや、見落としていたがその通りだ』と感嘆しきりであった。

 

ウロボロスはゼウスホールディングス会長兼CEOであった舞黒忠常が3人の子供達が将来とも伸び伸びと、しかも発展性のあるビジネスが出来るように、ここまで成長させてきた自らの思考過程や経営判断を間違いなくフォローする後継者として開発した人型ロボット、アンドロイドである。人工知能の中心は忠常が日本及び殆ど全ての国に特許権を持つ“自己拡張型チップ”という世界でも類を見ないデバイスである。だから、このアンドロイドは人の約100万倍のスピードで、経営関連及び世界情勢関連のあらゆる情報を収集・解析し、学習し、経営判断することが出来た。1年前のゼウスホールディングスの株主総会で忠常が新CEOにこのアンドロイドを指名した時は全世界が驚きの渦に飲み込まれてしまったのである。法的には法人、自然人に継ぐ特殊個人で名前は舞黒忠臣と登録された。

 

ウロボロスが市販されることが発表されると、ゼウスホールディングスの株は1年前の株主総会直後と同じように東京証券取引所ストップ高となり、世界中から引き合いと質問が凄い勢いで飛び込んだ。あのGE+(プラス)でさえ多大な興味を示し、人事部担当副社長のジョン・ウルフが専用機で羽田に降り立ち、直接丸の内にあるゼウスホールディングス本社に乗り込んでくる有様であった。ジョン・ウルフにはCEOである舞黒忠臣とウロボロスの研究・開発・販売を担当しているヘラクルスLLCのCOOである舞黒希和子が会った。ジョン・ウルフは流暢な英語で対応する舞黒忠臣が噂のアンドロイドだと知って、色々な質問をぶつけてきたが、希和子の助けを借りることなく、的確に回答するので心底驚いていた。ひとしきりの資格審査めいた質疑応答の後、明らかにされたGE+の要求はウロボロスに埋め込まれている舞黒忠常の思考過程と経営判断プログラムの代わりにGE+の会長兼CEOのジャック・ウェルゴーの思考過程と経営判断の考え方を採用したいというものであった。即ち、ウロボロスのジャック・ウェルゴー版である。

ジョン・ウルフが訪れた夜、忠常、忠則、忠義、希和子そして忠臣は会議を持ち、GE+への対応を議論した。

「とうとう俺もジャック・ウェルゴーと同等に扱われるかと思うと感慨深いものがあるね」と忠常はブランディを掌で温めながら満足そうに言った。

「あのGE+でさえ、ウェルゴーを超える人材は出ていないのかね」と、忠則はブランディのつまみに用意させたゴディバのダークチョコレートをつまみながら言った。

「聞くところによるとGE+は密かに自動車向けに人工知能自動運転システムを開発していると言うよ。俺のところと競合してくるね。困った問題だね」と、忠義は自分の会社が影響を受けることを心配して言った。

「そうね、GE+は巨大過ぎるわね。そして、納入したウロボロスが徹底的にバックエンジニアリングされ、私たちの自己拡張型チップを上回るノウハウを習得したら、私たちのビジネスプランが根底から覆されるのではないかしら、ねえ、お父さん」と、希和子は自分のために淹れたアッサムの濃い目のティーを軽く啜ってから言った。

「そうか、私だけが満足しても、後々の皆のビジネスに影響を与えるのであれば問題でね、よし、そろそろ忠臣さんの意見を訊こうじゃないか。忠臣さんはどう考える?」と、忠常は静かに座っている忠臣の方に顔を向けた。

アンドロイドの忠臣は2,3回目眼をしばたいてから、いたづらぽい笑みを浮かべて言った。

「正直、私も困っています。これは今迄にない挑戦です」

「えっつ、挑戦と言ったかね?」と忠常は忠臣がこれまでにない発言をしたので驚いていた。

「えぇ、挑戦ですね。舞黒忠常対ジャック・ウェルゴーのね」

「そうか、二人の経営に対するセンスを比べることになると言いたいのね」と、希和子は鋭く言い当てた。

「ええ、その通りです。私もこの1年間で世界中の公開情報は全てファイリィングし、分析してきましたが、ジャック・ウェルゴーという人の思考過程、その時々の経営判断についての詳しい情報は殆どありません。ただ、言えることはあの巨艦を間違いない経営判断の基で経営してきたということです。しかも、このウロボロスは優秀な自己拡張型チップを搭載しているので、そこに植え込む、学習させる知識、この場合はウェルゴーの思考過程・経営判断ですが、が優秀であればそちらの方が私よりも優れたものになるという事実です。」

「よくぞ言ってくれたね。流石はウロボロスだ。いや忠臣CEOだ。1週間ほど時間を置いてからもう一度相談しよう」と、忠常は何か思い当たることがあるらしく、その場を引き取った。

それからの1週間、忠常は忠臣と二人で会長室に閉じこもり、深夜まで根を詰めて何やら議論していた。根をつめると言ってもアンドロイドである忠臣は従来通りで、忠常だけが赤くなったり、青くなったり、ため息をついたり、大声を上げたり、何回もトイレにたったりしただけであるが。

1週間後に、4人と一人が集まった際、忠常が発言した。

「久しぶりにこの1週間は仕事をしたよ。だって、昨年CEOを降りてから殆ど考えることは無く、自分でも仕事らしいことをしていなかったからね。GE+のお蔭だね、これは、あははははぁ・・・」

「お父さん、何か嬉しそうですね。根を詰めて何かに打ち込んでいるとは聞いていたのですが」と、長男らしく、忠則が皆の声を代表するように言った。

「そうよ、皆で心配していたのよ」と希和子。

「そうですよ、お父さん、もう若くないのだから、相手が疲れ知らずの忠臣さんなのだから一緒になって頑張るなんてね、よく考えて欲しいよ」と、忠義は忠常が一人ご満悦でいるのをいぶかるように言った。

「ごめん、心配をかけたようだね。でも、ご心配なく。忠臣と二人で色々とシミュレーションした結果ね、ウロボロスをGE+に販売することにしたよ」

「じゃぁ、舞黒忠常対ジャック・ウェルゴーの戦いになるのね」と希和子が膝を乗り出した。

「うん、でも一寸違うのだよ」

「お父さん、気をもたせないで教えてよ」忠義は短気な性格を丸出しにした。

「うん、忠臣も同意したのだけど、市販するのはウロボロスのβ版とし、我々はグレードアップしたウロボロスγで対抗することにするのだよ」と、忠常は自信満々に言った。

「あっつそうか、第三世代のγを開発するのだね。なるほど、そりゃぁ良い考えだね」と、忠則は忠常と忠臣二人の顔を見比べながらいた。

「でも、お父さん、その第三世代ウロボロスγの開発方針はどのような内容にするの? よほどの内容でないとβとγの違いは出てこないことよ」と、ウロボロスβの開発チームを率いた経験のある希和子がピシット言った。

「うん、希和子の言う通りだよ、改良ではなくてよほどの改革を織り込まなくてはね、それで、相談だがね、このウロボロスγの開発責任者に忠臣を任命したいのだがどうかね」

「えっ、また、驚くことをお父さんは言うのね、アンドロイドの改造をアンドロイドが行うなんて・・・」と、忠義は呆れ顔で言った。

「うん、でも良い考えね。自分の長所と欠点を知っているのは自分自身だもね?」と、希和子は言い、同調を求めるように長兄の忠則の顔を見た。

「うん、賛成だね、でも、お父さん、開発にどれくらいかかるか分からないが、忠臣さんを開発に取られたら、その間のCEOとしての仕事は誰がするの?」と、忠則は忠常に聞いた。

「おい、おい、心配するなよ。忠臣はアンドロイドだよ、24時間働けるからね。そして、私もこの通り元気だからね、忠臣の代わりは直ぐ出来るよ」と忠常。

「あぁ、そうだったね、忠臣さんはお父さんの分身だったね。この1年で、忠臣さんがアンドロイドだという事をすっかり忘れていたよ。あはは」と、忠則も納得した声を出した。

 

 “ウロボロスγ”の開発プロジェクトが秘密裏に開始してから3か月後、特殊仕様の自己拡張型チップ設計図が密かにヘラクルスLLCの開発チームに渡されたが、COOの希和子以外は誰もその用途については知らされておらず、品質確認テスト後の納期3か月だけが厳命されただけであった。

GE+向けに相当なマンパワーを必要としたこともあり、当面の販売対象は国内だけとし、申し込みのあった東京証券1部及び2部企業から厳選して選び、結局、GE+向け1台、国内向け50台とした。将来は更に伸ばすつもりであるが、先ずは評価をきちんと確認するためである。これら全ての販売契約においては顧客からの要望で、販売先としての社名を一切出さない特記条項が付け加えられた。アンドロイドが経営判断をしていることを知られたくないというのである。特に、GE+向けについてはジャック・ウェルゴーの思考過程にソフトを変更するという特別仕様があるため、特別な共同作業チームが編成され、厳密な秘密保持体制が敷かれたことは言うまでも無い。

 

全てのウロボロスβの納入・試運転が終わり、顧客に引き渡されたのはゼウスホールディングスの株主総会で忠臣がCEOに就任してから3年後であり、この年の株主総会では株主から忠臣が2回目の資格審査を受けて、継続してCEOを務めることになった記念すべき年でもある。ただ、この株主総会ではウロボロスβの外販について厳しい質問があった。

「月影と申します。舞黒忠臣氏がCEOに就任された総会で質問させて頂いた者です。あの時、即ち3年前はアンドロイドの経営判断がどこまで信頼されるものか非常に不安であり、また、そのようなロボットに、あっつ、失礼、忠臣氏に経営を任せようとした舞黒忠常氏、並びにご一族に不満を持ちました。しかし、今は、それを心から反省しています。忠臣氏の判断は素晴らしく、全ての事業拡大方針や投資について高いROEを得ており、株価も5倍にまで膨らんでいます。ところで、今回の決算報告書でウロボロスβの販売により350億円の売り上げがあったとありますが、他社にアンドロイドを販売することで競合相手を利することになり、結果としてゼウスホールディングスの競争力が低下するのではないのですか?また、販売先の企業は何処ですか?」

「それにつきましては舞黒忠臣CEOが回答します」と、議長役の忠常が答えた。

「ただいまのご質問にお答えします。ご心配は尤もですが、結論から言うとご心配に及びません。新聞情報などでご承知かと思いますが、既にWBMやBoobleなどが似たようなコンセプトでアンドロイドを開発しており、実用化段階に入ってきたと聞きます。それは成功している経営者の思考過程を後継者に残したいという夢を我々が実現してみせたからです。ゼウスホールディングスにはヘラクルスLLCという自己拡散型チップを日夜研究、開発、製造している事業部門があります。決してWBMやBoobleに負けるものではありません。むしろ、彼らが立ち上げる前にウロボロスを販売することで創業者利益をあげ、業界における地位を確保しようと判断したものです。来年の株主総会では更に良い実績を示すことができると確信しています。もう一つのご質問ですが、ウロボロスを販売した会社の名前は先方との守秘義務があり開示することはできません。これでよろしいでしょうか?」と、堂々とした態度で舞黒忠臣は月影氏の質問に答えた。その言葉が終わらない内に会場から盛大な拍手が沸いた。これほど、確実に資産を増やしてくれる企業は東京証券取引所で見当たらなく、その拍手は株主の感謝の気持ちの表れでもあった。それを議長役として聞いて忠常は自分の判断が正しかったことを確信していた。忠常78歳である。

 

株主総会が終了してから1週間後、忠常がいつもと同じように10時に会長室に入って1時間も経たないうちにヘラクルスLLCのCOOである希和子が入ってきた。

「お父さん、総会はお疲れさまでした。でも、そろそろ議長役も誰かに譲った方がよいみたいね」と希和子は父と娘の間の気楽な会話で話し出した。

「うん、その事ね、私も相談しようと思っていたのだけれど、忠則と忠義そして忠臣さんはどうした。出来たら一緒が良いのだが。それで希和子の話は何だ?」

「では、先ず私の報告をしてから他の人の都合を聞いて集まることで良い事?」

「うん、よほど何か心配でもあるのだね」

「まあね、きっと私の思い過ごしだと思うのだけれどね。一応お耳にいれておこうと思ってね」

「うん、良いけれど、忠臣と一緒の方が良いのでは?」

「ごめん、だめよ。忠臣についての話だから」

「えっつ、あいつが何か騒動でも起こしているのか?」

「違うと思うし、まだ騒動では無いわ。実はね、先月末までに殆どの企業が株主総会を開いて決算報告を公表したわね。それで、私ね、ウロボロスの評価が気になっていたのでウロボロスを納入した会社50社の決算内容を調べてみたのよ。 GE+以外のね」

「うん、そのような比較は気がつかなかったが面白いことをチェックしたのだね、それで」

「えぇ、それがね、面白いと言うのか変だというのか、50社全ての純利益率が何と7.8 %なのよ。全部がよ。それで各社の実績を遡って調べてみたのよ。するとね、ウロボロスが納まった翌年から今年で2年になるのだけど、昨年は全社がきっかりと7.7%なのよ。そして、一昨年はばらばらな数値よ。不思議でしょ。」

「偶然の一致ってあるかね?確かに不思議だね」と、忠常もそこに何かの意図とか、異常を感じながらつぶやいた。

「50社はお互いにウロボロスが納入されている事を知らないから、比較できないので、2年で純利益が0.1%増えたくらいにしか思っていないのよ、きっとね」

「そうだね、そのような比較検討をするのは希和子くらいだからね。これは参った。忠常が何か仕組んだに違いないが、そんな事できるのかね」

「そうなのよ、会話も出来ないアンドロイドが相互に情報を流したり、同じ経営数値をつくるなんてありえないでしょ。全くSFの世界、星新一の世界だわ」

「うん、事情は分かったが、この話はどこまで知っているんだ?」

「お父さんだけだわ。だって、忠臣さはなお父さんの分身だからね。」

「ありがとう、この件は私に任せてくれないか。一度忠臣とゆっくりと話してみるよ」

「えぇ、そうしてね。では今晩皆を集めるようにするので、お父さんからのお話をしてね.

自分の体を労わるように考えてね」と、希和子は忙しそうに出て行った。

忠常は忠臣が納入先の全てのウロボロスを管理していることを確信した。しかも、『俺の年齢に数値を合わせるなんて、お面白い奴だ』とにやりとした。

 

その夜、会長室に例によって、忠常、忠則、忠義、希和子そして忠臣が集まり、思い思いにブランディ、コーヒー、紅茶などで寛いだところで忠常から発言があった。

「どうやら、私も相当な年齢になり余生をのんびりと海外に滞在したりして過ごそうと思っているのだが皆はどうかね」

「お父さん、異論なんてありませんよ。出来ればもう少し早く自由になって頂きたかったくらいです。なぁ、忠義、希和子」と、長男の忠則は温和な顔を更に緩ませて、忠義の方に顔を向けた。

「そうですよ、お父さん、そのために忠臣を開発したのですからね。本当に忠臣はお父さんと瓜二つの経営判断ですからね、安心して遊んでください」と、忠義は続けた。

「ほらね、皆そう思っているのだから、何の気がねも要りませんよ」と、希和子がダメを出すように言った。

「皆の気持ちは分かった。ありがとう。一応、忠臣にも意見を聞いておこう。どうだい?」と、忠常は少し、ふざけたように忠臣に向かって質問した。

「はい、私も皆様の意見に依存はありません。ただ、・・・」と、珍しく忠臣が言い淀んだので、忠常は驚いた。

「何か気になることがあるのかな?」

「えぁ、まだ、完全に確認が取れていないのですが、実はGE+が当社、ゼウスホールディングスをTOBで買い占めようとしている情報がありまして・・・」と、忠臣は重大な発言をした。

「えっ、何だって、GE+が当社をTOBにかけるというのか?」と、忠常は大きな声を出し、他の三人とも驚きの表情を浮かべた。

「未確認ですが、複数の証券会社が当社の株式取得について動いているようで、その裏にGE+の法律事務所が見えます。この一週間以内にTOBを公表すると推定します」

「おい、おい、突然の話だが、忠臣は何時頃から気づいていたんだね」と、忠常は少しばかり咎める口調で言った。

「当社の株式の動きは毎日チェックしていますが、少なくとも今日の昼まではその兆候を感知しませんでした。3時一寸前に当社の株価に若干の動きがあり、前日比で0.3%上がったのです。それで、その原因を種々調べた結果、つい先ほど状況が判明したのです」

「0.3%程度の値上がりだと、いつもの事でしょ。だって、先日の株主総会の後では忠臣さんの発言を好感して3%も値上がりしたじゃない。鳥越苦労じゃぁないの?」と、経営センスが良いと自負している希和子が言った。

「はい、希和子さんの言われることもあるのですが、私の行っている数値解析では他のインデックスを含めて70%の確立でTOBを示しておりますので」と、忠臣。

「よし、分かった。それで、忠臣さんよ、対策案は君のことだからもう考えてあるのだろうね」と、忠常が優しく声を掛けた。

「はい、もう少し、最終確認に時間が欲しいのですが、ご一族で所有しているゼウスホールディングスの株式は現在約34%です。株価が今日の終値で32,560円ですので、仮にTOBにより10%上乗せされるとしても、過半数の株を取得するためには約1200億円の資金が必要になります。これは当社の銀行預金から判断して問題はありませんが、新規投資の抑制など経営的なしわ寄せは想定される微妙な数値です」

「うーん、そうか。これは私の引退話など吹き飛ぶ話だね。参ったね」と忠常は思わぬ話しに頭を抱え込んだ。

「まさかあのGE+がTOBを仕掛けてくるとはね。納入したウロボロスがそのような経営判断をしたのかね」と、忠則も首をかしげた。

「きっと、人工知能の分野でゼウスホールディングスに敵わないと知り、かと言って最も将来性の高いこの分野から撤退するのも厭だし、となるとゼウスを傘下にしてしまおうという判断ね、あり得るわ」と、希和子。

「私も、正直驚きました。ウロボロス同士の知恵比べらな負けない自信があるのですが、いかんせん、ジャック・ウェルゴーの思考過程では『開発にはリスクを伴うから、成功しているゼウスを傘下に収めろ』となるのでしょうね」と、忠臣は米国流の考え方を実感して感心していた。

「どうやら、そうらしいね。販売する時にそこまで読めなかったのは私の責任だ」と。忠常の声からはいつもの快活さが消えていた。

「でも、お父さん、当然ですが戦わないとだめですよね」と、忠義はこのようなケースを経験していないので、自分の意見を出せずに小さくつぶやいた。

「勿論、GE+の傘下に組み込まれるなんてまっぴらごめんだね。1社づつ株主回りをして保有株をGE+に売却しないようにお願いして歩くよ。その上で自社買取を考えよう。それしかないだろう。忠臣さん」

「はい、私もそれが一番だと思います。ただ、当社の株主は個人が比較的多いのが課題で、彼らは当然買い取り価格の高い方に流れると思います。そこで、法人の株主に先ずターゲットを絞りお願いすることが先決です」と、忠臣。

「では、明日から手分けして法人株主を回りましょうよ」と、希和子が元気な声を出した。

「当社にとって、初めての危機だね。全員で頑張ろう」と、忠常は三人を見やりながら

頼もしげに言った。

「お父さんは何か急に元気になったようね。でも、それが一番お父さんらしいわ」と、希和子が言ったので皆は笑った。忠臣でさえも、口をゆがめていた。

 

忠臣が予想したように、3日後にGE+がゼウスホールディングスに対してTOBを行う旨、正式に関係部門に発表し、直ちに行動に移った。彼らの設定株価は35,000円であり、これは忠常が予想したよりも高く、GE+の並々ならぬ意思が感じられた。これからの60日が勝負である。

 

忠常達の法人株主説得も思うような成果をあげる事が出来ずに1か月が経った。また、

証券会社からの情報では個人株主の80%は価格次第で日和見をしていることが分かった。GE+も最終的に40,000円までを覚悟しているとの情報さえあり、忠常を悩ました。このような時の米国資本は凄い勢いである。

期限の60日まで後1週間と迫った月曜日から、何故か分からないが法人株主の潮目が急に変わりだした。40,000円であってもGE+に株を売らないで保有を続けるという法人企業が増えだしたのである。水曜日にはゼウスホールディングス50.1%、ゼウス側法人株主16.0%、態度を決めない法人株主0.5%、個人大株主0.1%となった。残りの0.6%を取り込めることが出来れば66.7%となり、GE+のTOBは実質的に失敗することになる。

忠常は最後に0.5%を保有するアイリス商会の会長に朝9時にアポを取って伺った。

応接室には輸入家具であろうか、重厚な黒紫色の皮が張られたソファがあり、壁にはゴッホのアイリスの絵がさりげなく飾ってあった。どうやら社名に合わせた選択のようである。ノックして男性が入ってきた。

「会長の月影晋です」

「初めまして、ゼウスホールディングスの会長をしております舞黒忠常です。この度はお忙しい中お時間を頂き恐縮です」と、忠常はこの月影氏は何処かで見たように思いながら深々と挨拶した。

「舞黒さん、つい2ヶ月くらい前にお会いしていますよ。」

「えぇ、私も何かそのような気がしておりましたが、まだ思い出せなくて、歳の所為にはしたくないのですが、申し訳ありません」

「いいえ、仕方がありませんよ。スポットライトが当たっている壇上と、株主席は離れていますからね」と、月影と名乗った男は優しく言った。

「あっつ、思い出しましたよ。当社の株主総会でご質問された月影様でしょうか?」

「そうです。その節は失礼な質問というのか感想を述べさせて頂きました」

「とんでもありません。あの的確なご意見とご感想を頂き、どれだけ私たちは晴れ晴れとした気持ちになれたか、感謝の言葉もありません」と、忠常はそこに総会での月影氏の姿を見出し、新ためて御礼の言葉を連ねた。

「本当の気持ちを述べただけですよ。この会社は私が父親から引き継いだ虹商会という電子部品を扱う商社を昨年このアイリス商会という名前に登記変更したばかりなので、まだ知名度が低くて困っているのですよ。あはは・・・」

「そうでしたか、では、当社がウロボロスを約2年前に納めさせて頂いた虹商会さんがこちらなのですね。調査が悪くて申し訳ありません」

「今回のご訪問はGE+の仕掛けたTOBの件ですね。ご安心ください、当社の所有している御社の株式は絶対にGE+ごときに渡しませんよ。舞黒忠常さん、忠臣さんがおられる限り信頼してついて行きますよ。当社のウロボロスもそのような経営判断をしております」

「ありがとうございます。これで丁度66.6%なので、もうひと踏ん張りです」と、忠常は3回目の頭を下げた。

「いいえ、違いますよ。舞黒さん」と、月影氏はにこにこ笑いながら言った。

「えっ、どうしてですか。こちらの持ち株は確か0.5%の1000株と思いましたが」と、忠常はあわてていた。

「済みません、驚かしてしまい。実は私の個人株が0.1%あるので、全部合わせると66.7%です」

 

その夜、いつものメンバーが会長室で祝杯をあげていた。

「これで、私も安心して完全にリタイアできるよ。嬉しいね。いいかね、皆さん、そしてスマートな忠臣さん、いやウロボロス会の会長さん」と、忠常は笑いながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

TOBの危機(要旨)

 

人工知能を持つ人型ロボットであるアンドロイド(商品名ウロボロス)にCEOを任せたゼウスホールディングスは飛躍を遂げていた。そして、ウロボロスを商品として販売することになり、米国最大手のGE+社を含めて多くの引合いがあった。GE+は、舞黒忠常の思考過程・経営判断プログラムに代えて経営者として世界的に有名なジャック・ウェルゴーの思考過程・経営判断プログラムを入れよという要求である。検討の結果、ゼウス側ウロボロスをγ版にグレードアップし、外販はβ版に限定して要求に応えることにした。このγ版ウロボロスの開発はアンドロイドの忠臣自身が専任して行った。

世界中に納入したウロボロスの評価も高く、ゼウスホールディングスの経営全てが順調に行っていた矢先、GE+がゼウスホールディングスに対してTOBを仕掛けてきて、ゼウスホールディングス株の取得合戦が始まる。GE+の破格の買取価格提示もあり、ゼウス側は苦しい状況にあったが、途中から潮目が変わり、最後はゼウス側の勝利で終了する。この戦いの勝敗はGE+のウロボロス対ゼウスホールディングスのウロボロスの知恵比べの結果であることを知っている人は忠常だけであった。

 

 

 

(注)

本小説は単独でも成立していますが、以下の3編で一つの物語を形成させています。

優れた人工知能が使われ出すとヒトの立ち位置か変化し、気がついた時は人工知能を装備した人型ロボット(アンドロイド)が世界を蹂躙することを懸念したSFである。

 1)ウロボロスの蛇

2)TOBの危機

3)アンドロイドの掌

 

星 新一賞 落選小説 その1 「ウロボロスの蛇」

ウロボロスの蛇(本文)

 

今日の株式会社ゼウスホールディングスの株主総会には前代未聞の話題を集め、世界各国からマスコミが参加したいという希望があり、急遽、帝国ホテル富士の間から、国技館へと会場を変更していた。世界が注目するのももっともな話で、㈱ゼウスホールディングスの後継CEOに人工知能の人型ロボット(アンドロイド)を指名するとのプレアナウンスが記者クラブにあり、詳細は総会の当日に資料として配布するというのである。

 

ゼウスホールディングは舞黒忠常が東大の学生時代に起業した人工知能用の自己拡張型チップ(データ収集・解析機能、学習機能、判断機能を持つファームウェア)を母体とする企業で、今や、その自己拡張型チップを搭載した人工知能が宇宙工学、自動車工学、医療工学等々、種々の分野で採用されている。現在、子会社、孫会社は20社もあり、それぞれが他社の追従を許さない独自性と将来性を持っているために高い注目を集めている企業集団である。三大銀行頭取が自ら舞黒忠常詣でをしてまで融資を申し出ているが、5000億円からのフリーキャッシュがあるので、預金はしても融資話は不要であった。また、野森証券を始め大手証券会社がゼウスホールディングスの事業部門に相当する子会社を上場するように日参して忠常をくどいていたが、全ての決定を身内だけで迅速にしてきたことが今日の繁栄をもたらしていることを忠常は知っているので、上場すれば大変な資金を得ることを重々知っていても考えを曲げるつもりはなかった。忠常が3つの事業部門を独立させ、それらを統括するために株式会社ゼウスホールディングスを設立したのは5年前であるが、この時は自己拡張型チップの増産計画があり、また、米国のトマト社と特許訴訟で資金が必要であったので、野森証券を主幹事として東京証券1部に上場したが、予想を上回る初値がつき驚いたものである。忠常はゼウスホールディングスに3つの事業部門(子会社)を置き、それぞれ、子供達をCOOとしてある程度好きなように運用させていたが、CEOとして全体の目配りだけはきちんとやっていた。現在75歳、健康にも注意を払ってきたためかすこぶるつきの元気であるが、後継者をどうするか悩んでいた。

 

長男、忠則は東大医学部を卒業した後、大学病院勤務医を経て、現在はゼウスホールディングスの傘下で医療診断専門のコンサルを行うヒポクラテスLLCを経営している。従業員たった10人で年商100億円、純利益30億円を稼いでいた。患者の諸データをビッグデータ処理で診断し、更に特殊に開発した人工知能システム処理で最善の治療方法を提案するのである。ヒポクラテスLLCに相談すると治癒率が98%以上と言われるほどに信頼が高く、最近では診断システムと相談システムの両方に新たな設備投資を行い、コンサル範囲を拡張することを企画していた。現在45歳である。

次男、忠義は次男坊らしく自由奔放で東大工学部の学生時代は自動車部に属して日本にいる時は解体と組み立てで真っ黒になり、年の半分は海外のサーキットで競技に明け暮れていたが、30歳を過ぎてから、父の忠常と共同で自己拡張型チップを自動運転システム向けに研究・開発・販売する事業を立ち上げ、現在は自動車産業向け自動運転システムを提供するアルキメデスLLCのCOOを担当している。現在40歳である。従業員1000人、年商4000億円、純利益400億円で、将来性は高く、海外からも提携希望が押し寄せていた。

一人娘、希和子は忠常自慢の娘で、容姿端麗しかも才媛であり、銀座や原宿で何回もファッションモデルや女優としての勧誘を受けていたが、その方面には全く興味が無く、父親の跡をついで、自己拡張型チップの設計、製造、販売を手掛けるヘラクルス株式会社のCOOとなっていた。従業員30,000人、年商2兆円、純利益3000億円の優良企業である。工学系には縁の無い文化人類学カルフォルニア大学バークレー校修士課程で終えた希和子は、当初はコンサル会社のマッケンジーで働いていたが、人工知能の将来性について客観的に現場の声を学ぶ多くの機会を得て、父忠常の先見性を認識し、5年後に帰国、企画担当副社長を経て5年前にCOOについていた。現在35歳となり、沢山のプロポーズを経験したが仕事の方が面白く、ボーイフレンドは沢山いても結婚の意思は全く無かった。

 

舞黒忠常はこの1年間悩んでいた。親しい友人の何人かが70歳を一つのターニングポイントとして相次いで他界しており、現在は健康そのものであるが、何時何が起こるか分からないという状況を深く噛みしめていた。そのような時に、大塚家具の親子の確執が話題を集め、ロッテホールディングの兄弟の確執が泥沼の様相を帯び、更に経営者として敬愛している株式会社セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文CEOが後継者指名問題で一線から不本意ながらも身を引き、ソフトバンクの孫CEOが大枚をはたいてハンティングし、後継者として広言していたインド系副社長を取締役から外すなど、心血を注いて育ててきたオーナー企業やカリスマ的経営者が跡継ぎ問題で苦労しているのである。

忠常は穏やかな性格の長男の忠則に跡をついで欲しいとかねがね思っているが、どうも経営的なセンスは低く、今回の診断システムと相談システムの増設計画では一貫して慎重な姿勢を崩さないので忠常が役員会で叱りつけたくらいである。常に競合者の出現に対してベンチマーキングなどを怠らないようにしなければならないのに、忠則は病例と医者の処置の正当性解析の方に興味があるなど臨床医の域を中々出ようとはしないのが難点である。ヒポクラテスLLCは忠常がハンティングしてきたCTOの仲代で持っているようなものである。

次男、忠義は動きが良く海外での人的交流経験もあるためか、グローバル市場を知っていて、性格的に陽性でもあり将来が楽しみな息子ではある。しかし、一方で明らかな二男坊であるため、やんちゃで騙されやすいなどフラジル的な面を持ち合わせており、ゼウスホールディングスの舵取りを任せるには不安である。何でもバランスが重要で、攻める時と守る時のタイミングと柔軟性が無いと経営者は成り立たないと忠常は確信している。

忠常が最も経営者として期待しているのが娘の希和子である。忠常の思考方法と同じで性格も似ており、どうして男に生まれなかったのかと残念で仕方がない。それを忠常が妻の高子に言うと、『お父さんは娘ばかり可愛がる』と文句を言うが、会社の経営に興味の無い妻は希和子が結婚しないことをむしろ非難しており、最も可愛い次男の肩を直ぐに持つので話にならず、忠常と希和子を一緒に非難することしかしない高子にもうこの事は話すまいと心に誓った。

 

ゼウスホールディングスの大番頭で、CFOを任せている金高正は創立時代からのメンバーで忠常が最も信頼している仲間である。ただ、年齢が68歳と若くはなく、後継者としては全く予定外で、他の役員や理事クラスを一人一人比較するがこれと言って後継者として任命したい人材はいなく、それを中学時代からの友人である坂田宏にぼやくと『だから、昔から俺はお前に忠告してきただろう、会社は人材だって』と遠慮なく言われる。そのような話は二人の隠れ家的な場所である銀座四笠会館の地下にあるバー1755に落ち着いき、カクテルを飲みながら行われた。

「誰か、こいつはという男、いや女性でもいいが、いないかね」と忠常。

「お前の最大の悩みだから、俺も何かと気を付けて周囲を見ているのだけれどね、本当に難しいね」と、ロブロイのスコッチウィスキーの味を確認しながら坂田は言った。

「うん、ありがとう。どうも、俺だけの眼だと主観が入り過ぎるので、お前のように多くの“人”を見てきた奴が頼りになるんだ」

「おい、どうした、今日はお前にしてはやけに下手に出てくるね。いつも、強気なのに、体でも悪いのか?」

「いや、そんな事は無いがね、こんなに悩むのならいっその事、ゼウスホールディングスを三つに解体して子供達に独立させてしまおうかと思うよ」

「それも悪くは無いと思うよ。正直なところね。でも、三つにバラすと折角ここまで伸ばしてきたビジネスが5年も経たないうちに自己崩壊を起こすというのがお前の持論ではなかったか?」

「うん、そうなんだよ。長男、次男、娘とそれぞれの良いところと悪いところを補完するようにゼウスホールディングスでコントロールしているからね。たまたま、今は三社とも景気が良いように見えるがね、世界景気の大きな潮流やイギリスのEU離脱のような想定外の事件が起きると1社ではとてもカバーできないからね」

「分かるよ。今は民主主義にさえ疑問符がつく時代だからね、誰だって先を見越すことはできないからね」

「そうなんだよ」

「いやぁ、先日日比谷シャンテで“帰ってきたヒットラー”というドイツ映画を見たけどね、面白いと同時に背筋が凍るような恐ろしさを感じたね」

「何だ、急に映画の話か?」

「ごめん、お前の悩みとは直接関係はないがね、欧州では何も決まらない民主主義が崩壊してヒットラーのような独裁者が出てくる可能性を示唆していると私はこの映画の背景を読んでね、会社経営も同じだと思ったものでね」

「そうだね、株式を公開して、会社が株主のためにあるという考え方に対して私も疑問を持っているから上場はゼウスホールディングスだけにしているのだけど、良い意味での独裁者が必要と思うよ」

「そうなんだよ、お前はその“良い独裁者”であったからゼウスホールディングスを切り盛りして伸ばしてきたのだよ。だから、やはり後継者にはそのような人物を選ばなくてはね」

「何か、ますます問題が難しくなったね。“良い独裁者”か?」

「そう、“良い独裁者”ね、お前みたいなね」

 

舞黒忠常は坂田の話に何かまだ分からぬが真実があるように思え、以来、寝てても、トイレの中でも、自動車を運転していても色々と考えた。ダイアモンド誌の選んだ世界の経営者50人を参考にしてジャック・ウェルチドラッガー、アンドリュー・グローブ、スティーブ・ジョーンズ、トーマス・ワトソン・シニア、アンドリュ・カーネギー松下幸之助、など多くの経営者の伝記本を読んだ。そこで出した結論は、自分には自分しかいないという事である。真似事ではなく、自分で考えるしかないという事である。当たり前と言えば当たり前の結論なので、これにたどり着いた時忠常は大声で笑いだしたので、たまたま居間に一緒にいた妻の高子が驚いて「あなた!どうしたの?正気?」と声を掛けてきた。

 

翌週、坂田といつもの1755で会った時、忠常がそれを言うと坂田も弾けたように笑い出したので、カウンターの中にいたバーテンダーの高山がびっくりして振り向き、カウンターの反対の端に座っていた自営業らしい男とその連れのマダムっぽい女性もこちらを胡散臭そうに見た。坂田はそれらに頭を下げた。

「済みません、驚かさせて」

「そんなに可笑しい事かね?」と、忠常は坂田が馬鹿にして笑ったように思えて少しばかり気色ばんだ。

「ごめん、ごめん。お前がこの2ヶ月も苦労してきたのを知っているので、その答えが“自分には自分しか成り得ない”というウロボロスの蛇だと知ってね、凄い結論だと嬉しくなったのだよ」

「何だい、そのウロボロスの蛇とは?」

「うん、ギリシヤ神話などに出てくる伝説の生き物でね、1匹の蛇が自分の尻尾を飲み込む姿を言ってね、「死と再生」とか「不老不死」などの象徴とされているのだよ」

「へぇー、そんな生き物に譬えられるんだ、ウロボロスの蛇か」

「そう、後継者問題を解決しょうとするとお前がウロボロスの蛇になって生き残るしかないのだよ」

「おい、一寸待てよ、という事は俺は死ねないという事か?」

「まさか、後、10年は間違いだろうが、85歳以上では記憶力、判断力などすべてが老化するだろうから体は生きていても経営者と言う意味では死んでいるね」

「じゃぁ、ウロボロスの蛇になれないじゃぁないか」

「あのね、さっき閃いたのだがね、お前の会社は人工頭脳を作るための自己拡張型チップなるものを研究しているよね。そして、それを使って忠則君は医療関係で最先端の治療を提供しているし、確か忠義君だったね、彼は自動運転用の人工知能システムを自動車会社に納めていたね」

「うん、娘の希和子の会社は新しい人工頭脳を開発するスタッフを沢山抱えているよ。それで・・」

「だからね、お前の会社の総合力を結集して、舞黒忠常をモデルとしてウロボロスの蛇を開発すればいいのだよ」

「えーっつ、俺をウロボロスの蛇にするの?何と言う発想だ!でも、面白いね。うん、実に面白い」

「いいか、それに成功すると、“良い意味での舞黒忠常という独裁者”が永遠に残るのだよ。ゼウスホールディングスは不死の会社になるんだ。それは凄いことだよ」

「坂田よ、お前は凄いことを発見してくれたね。俺はウロボロスの蛇になるんだね。いやぁ、不老不死化するなんて嬉しいね。蓁の始皇帝だって出来なかったことを俺がやるんだね」

「おい、おい、一寸待てよ、舞い上がるな、実際に出来るかはお前の会社の開発力に掛かっているのだよ。ここまでは、夢だからね。それを現実にするのはお前とお前の会社だ。忘れるな」

「うん、何せありがとう!生きる力が湧いてきたよ。高山さん、今日はそこの一番高いウィスキー、白州の25年物を開けて、坂田にじゃんじゃん飲ましてよ」

「よし、いつ気が変わるか分からないから早く開けて、このロブロイの後は25年物のロックでね」

「あははははぁ・・・」

 

次の週の役員会が終わった後、忠常は3人の子供達に残ってもらい、自分の決心を告げた。案の上というか、忠則はほっとした顔をし、忠義は、

「親父の考えだから従うけれど、人間よりも人工知能が優れているなどありえないよ。坂田の小父さんにウロボロスとか何とか言われて悪い夢を追っているのではないのかな」と、不満そうに言った。

「うん、私も冷静に考えてね、現在の人工知能は既に将棋や碁の世界で完全に人の知能を超えている事実や、お前たちが商売のネタにしている人工知能も当初に比べて100万倍以上も賢くなっていることを考えると、私の思考過程を覚えこませ、正確に世界の、社会の、競争会社の状況を把握し分析する能力を覚えこませればCEOは出来るのではないかと思うのだよ」と、忠常は自分に納得させるように忠義の顔を見ながら話した。

「ねぇ、お父さん、どっちみち私はゼウスホールディングスのCEOになれないのだから、今の考えに賛成するけれどね、そのウロボロスとか言う人工知能さんは私達の意見を聞いてくれるの?」

「希和子よ、一度だってお前が女だからと言ってCEOの候補から外した事はないよ。皆の前だから言うけれど、経営的センスは希和子が一番だよ。しかしね、お前はこれから結婚を真剣に考えねばならないし、相手がどのような考えの持ち主か今は分からないからね」

「私、結婚しないわよ」と、希和子はふくれ顔をしたが、センスが一番良いと言われたので悪い気はしていなかった。

「まぁ、それでね、希和子がいい名前をつけてくれたが、そのウロボロスという人工知能を持つ人型アンドロイドを三人の知恵を総集して早く開発してくれれば、当分は私の経営判断ウロボロス経営判断を比較して、また、学習させてね、皆が合格点をつけたところでCEOを本当に引き継ぎたいと思うのだけど、どうかね、忠則、忠義、希和子」

「俺、賛成するよ」と忠則

「うん、分かった。そのウロボロスとやらの性能を確認してから最後は決めるのだね。なら、いいよ」と忠義

「えぇ、いいわ。いざとなったら私がCEOをするからね」と希和子。

 

それからのゼウスホールディングスは極秘開発グループ“ウロボロス”を編成し、忠常に代わってCEOを代行可能な人型アンドロイドの開発に取り組んだ。1年目に完成したウロボロスαは何事にも慎重な性質を持った人工知能で幾つかの例題でテストを繰り返したが結局は使い物にならないとの判断で分解されてしまった。この失敗で忠常はウロボロス開発をあきらめかかったが希和子が、開発継続を強く主張し、開発チームメンバーを大幅に入れ替えてウロボロスβの開発に着手した。半年後にはウロボロスβが完成し、早速CEOテストに入った。同じ課題に対して忠常が下す判断とどの程度の違いがあるかが課題である。その頃、投資を終了していたヒポクラテスLLCの顧客開拓についてどのような診療科目を選ぶべきかの判断であった。先ず、忠則が専門的な観点と経験から回答を書き、それを参考にしていつものように忠常が方針を出し、誰もその回答を見ることが出来ないように金庫にしまった。全員が見守る中、ウロボロスβが3分ほど考えて回答を画面とプリントに打ち出した。全員が固唾を飲んで見守る中、忠常、忠則そしてウロボロスβの回答が開かれた。開拓すべき診断科目について忠則は“消化器科の慢性膵炎“とし、忠常をウロボロスβは“心療内科自律神経失調症”を選んでいた。前者は忠則の専門分野で日頃苦労しているので当然の選択と言えるが、何故忠常とウロボロス自律神経失調症を選択したのか忠義や希和子は不思議で仕方がなかった。その解析過程は別にして、ウロボロスは事業拡大規模を3年後に550億円と計算し、その根拠となる数値を克明に示していた。この数値は忠常の試算した400億円よりも多い数値であるが、患者数が明確でない分野だけに妥当な数値である。他に19件の例題、中には為替の動向を判断したり、日本の現在の与党が次の総選挙でどうなるかなどの例題もあったが、をチェックした結果、忠常とウロボロスの考え方は何と18問で同じであり、忠則とウロボロスはCEOとして同格であるという事に全員が同意した。因みに、意見が分かれた二つの例題は、一つは会社のポートフォリオで、ジャンキーな投信比率を10%まで許容するという忠常に対して、ウロボロスは世界の経済指標を従来の100万倍以上のスピードと精度で解析できるという人工知能の強みを発揮して投信比率を25%まで引き上げ、その分国債比率を下げていることであった。また、もう一つは、水素を原料とする燃料電池搭載車の普及見通しについて専門の忠義は10年後に30%、忠常は10年後に50%としたのに対してウロボロスは20%としか見込めないとした。その理由は高性能蓄電池の開発がNEDOで進展しており、原料となる炭酸リチュウムもウユニ湖から日本資本の開発参加で格安入手可能となると分析していた。対決の結果に対して誰も文句をつける人はなく、3人とも心底から参ったという顔をしており、特に開発をリードしてきた希和子は自分の性格が父親に似ていることもあり、これからも今迄通りに業務に関与できることを嬉しく思っていた。忠則はこれまでの路線と変化の無いことを知って安心していた。また、ウロボロスに批判的であった忠義も完全に兜を脱いでいた。これでは自分が幾ら逆立ちをしても敵わないと。

 

国技館は午後1時から総会が開始するというのに、朝8時にはマスコミ関係者が集まりだし、全体で約500社、内海外から約300社であるが、直前まで新規の申し込みがあり広報部では断るために大変な苦労をしていた。また、国技館とJR蔵前駅をつなぐ通りには株主以外の人も沢山集まり歩行さえ困難な状態になっており、急遽近所の警察から100人近い警察官が集められていた。

 

きっかり午後1時に壇上に舞黒忠常CEOなど現経営陣が現れ、忠常の司会で平成35年度の事業報告があり、それを承認する1号議案がかかり、何の意見もなく速やかに可決了承された。続いて2号議案で平成36年度の事業計画を忠常が発表し、満場一致で可決成立した。ここでシーンと静まり返って議事進行をただ見守っていた会場に一斉にフラッシュの光とシャッター音で騒然となった。車椅子に座った一人の年配者が舞台へと上がってきたからである。その年配者は遠目では判断できないが、近くからでは表情に乏しく、予め配布されていた手元資料に舞黒忠臣(まいくろただおみ)という名前がつけられた人型ロボットのアンドロイドであることが示されていたこともあり、話題の人工知能を持った人型アンドロイドであることが分かった。

ひとしきりシャッター音が鳴った後で、忠常は3号議案の人事提案に移ることを宣言し、手元資料の順に説明を始めた。

「では、来年度の人事についてお諮りします。今迄、私、舞黒忠常がグループ会長兼CEOを務めて参りましたが、グループ会長のみを私が継続して努め、新しい代表取締役CEOとしてここに出席しました舞黒忠臣を提案します。お手元資料に示しましたようにこの舞黒忠臣は人工知能を有するアンドロイドであり、法務省総務省及び内閣府と相談の結果、自然人、法人とは別のジャンルに入る人格を有する特殊個人として特例で認められました。また、経営責任を明確するために舞黒忠臣の経営判断で株主様に損失が蒙った場合の補償金1000億円を損害賠償として損保会社に預けたこともご報告します。」

ここまで説明した時、会場は説明された内容があまりにも驚くものであったために、大きなざわめきが波のように、あっちこっちでせめぎ合った。また、報道陣も舞黒忠常が読み上げた時の舞黒忠臣の反応を写真やビデオで撮ろうとして一生懸命であった。しかし、会場の騒然とした状況に対して、舞黒忠臣はかすかに目を瞬き、顔をやや傾けただけで静かに前方に視線を向けていた。

「では、提案に対してご質問や動議がありましたらご発言ください。ご発言の際は恐縮ですがマイクを係りがお持ちしますので、姓名を明らかにした後、一問一答方式で簡潔にお願いします。」と、議長の忠常が発言した途端に会場から20、30の挙手があり、忠常達経営陣は覚悟をしていたとは言え、今日は長期戦になることを覚悟した。

質問の殆どはアンドロイドである舞黒忠臣に経営判断を任せてよいかという事を種々の角度から質問されたものであり、初めは忠常が回答していたが、来場者を驚かせてやろうといういたずら心が湧き、ある質問に対して、予定外であったがアンドロイドの忠臣に回答させることにした。

「私は、月影晋と言います。新CEOの舞黒忠臣氏がCEOを退任する時はどのような場合でしょうか。人間ならば年齢や健康などの条件があると思いますが」

「では、その回答を舞黒忠臣自身から回答させます。」と忠常は役員隻で最も忠常寄りに座っている忠臣に発言を促した。

「今のご質問に回答致します。」と、アンドロイドの忠臣が高倉健に似た口調で話し出したので、会場はまた、驚きと興奮の波をかぶった。

「私はご覧のようにアンドロイドですので、病気も年齢もありません。従って株主の皆様が私の経営判断に“ノー”を突き付けない限り、その役割を果たしていきたいと考えています。自分なりに先ず1年目に、厳しくチェック頂き、もしそれで合格点を頂ければ後は、3年、7年とチェックポイントを置いたら良いかと思います。ご理解頂けましたでしょうか?」と、しっかりとした、朴訥な口調で忠臣が話終えると、会場から大きな拍手が沸き上がった。まさに、自然人としての人間と特別個人としてのアンドロイドが手を取り合った瞬間である。

 

報道合戦はその日の夕方から世界的に始まり、舞黒忠常と忠臣はNHKを始めとして、米国のABC、フランスのFrance 24、ドイツのドイツ公共放送連盟(ARD)など世界中の報道番組から引っ張りだこの有様であった。また、月曜日に開いた東京証券取引所ではゼウスホールディングスの株が開始10分でストップ高をつけたのは、それだけ革新的な経営戦略をゼウスホールディングスが採用した事を市場が評価したと同時に、後継者問題で悩むことなく安定した発展を望めると判断したからであろう。

 

画期的な株主総会の後、忠常自身もああは言ったけれど、実際の現場における忠臣の経営判断に120%の信頼を置いていなかったこともあり、最初の3か月は全ての案件について自分も判断し、その内容と忠臣の出した判断を突き合わせていたが、あまりにも同じ内容であったり、時には更に一歩先を行く内容であったので、半年を過ぎてから10億円以上の投資や契約が絡む案件だけに絞り、1年後の株主総会では全てを本当に任せていることを報告するまでになった。3人の子供達も今では忠常以上に忠臣に相談するようになり、経営全体も純利益が前年度比で30%という驚異的な伸びを示していた。

 

そんな時、いつものように銀座1755でカクテルを飲んでいた忠常に坂田がつぶやいた。

「おい、舞黒よ、何か此の頃依然の覇気が見えないぞ。アンドロイドに負けるなよ」

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

ウロボロスの蛇(要旨)

 

人工知能用の自己拡張型チップの開発、製造を行い、その応用分野として医療関係や自動車の自動運転システムなどへの展開を行っている㈱ゼウスホールディングスの舞黒忠常CEOは自分の年齢を考慮して後継者を早く決めようとしている。しかし、息子二人と娘一人には一長一短があり、内部昇格や外部からのハンティングには自分と違う経営判断をするのではないかと消極的である。ある日、親友の坂田宏と飲んでいる時に“ウロボロスの蛇”というギリシヤ神話の話を聞き、自分の会社で研究・開発している人工知能を使って自分と全く同じ思考過程を持つ人型ロボットであるアンドロイドを作り、自分に代わるCEOにして経営を任せることを決断した。

ゼウスが世界特許を持っている人工知能用の自己拡散型チップを組み込んだ人型アンドロイド(商品名ウロボロス)は、CEOへの徹底的な口頭試問にも合格し、世界中のマスコミが特別参加した株主総会でCEOとしてのデビューを無事果たす。その後、会社の経営も順調で問題は無いのだが、新たな問題は後継者が出来たことで忠常が覇気を失ったことである。

 

AIの脅威についての意見表明

2015.7.29ブエノスアイレスで開かれた「AIに関する国際会議」に”自律ロボット兵器の禁止」を訴える書簡をイーロン・マスク、スティーブン・ホーキング博士、エリック・ホロヴィッツなどの知識人が提出したことは知られている。これはAIの開発が進み、”思考の自律化”が可能になると、ある程度の”意思”を持つロボット兵器の製造・展開が可能になることの脅威を懸念しての意見表明である。

福島原発廃炉作業に向けての危険作業などに対応した”自律ロボット作業員(装置)”というのなら、それなりに意味があり、ぜひとも開発・応用して欲しいと思う。しかし、廃炉作業向けのAIと兵器向けのAIでは何が違うのであろうか?その目的は異なるにしても、AI自体の能力は恐らく殆ど同じであろう。原子爆弾原子力発電の比喩を持ち出さなくても理解できよう。だから、私は心配なのだ。技術開発というものは、一度走り出したら技術の追求という名の下に、どんどん進展していく。特に、現在のように開発ツールが豊富に身の回りにあり、利用できる時代では。

私は”自律型アンドロイド”の開発が10年以内に十分可能という見通しの下に、第4回日経新聞主催の”星新一賞”に複数のSF小説を応募した。2月24日発表では見事に落選したが、書いている内容は未来社会に対する啓蒙である。即ち、"AIの脅威を今から予測して対応を図らないと我々の存在しているアイデンティティが喪失する”と。

そのためには、先にも書いたように、歯止めを先に考えて、規制をかけてから許される範囲に限定したAI利用開発研究・応用展開を行うべきだという事である。

何か、今は熱病に浮かされたように殆どの国及び企業等の研究開発部門が”AI”に走っているのは心底から恐ろしい。

次回に、星新一落選小説を掲載しよう。ご笑覧頂ければ幸いである。

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AIが許される範囲(3)

自動車の自動運転についてレベル3,4は止めるべきであるというのが私の主張である。その最も大きな背景は、他の複雑なシステム製品に対しても同様であるが、システムが複雑になるほど、トラブル発生の確立が指数的に大きくなり、自動車のように一般人を乗せて走行する場合、人身事故に直結するからである。先に例としてJAXAの小型ロケットの通信システムトラブルを上げたが、システムを構成する機器、部品、材料の品質保証をコストを抑えてどこまで下げ得るかである。正直、民生用の製品、部品、材料を使用する限り無理である。 最近のもう一つの事例としてタカタのエアバッグがある。正確な技術的責任が何処にあるかは判明していないとされるが、実際に死亡事故は起きているのである。事故時に人命を救うために開発した製品が人命を奪っているのである。

自動車の自動運転へのAI適用はレベル1,2で十分であろう。

 

今日(平成29年1月23日)日経新聞のコラム「月曜経済観測」で日立製作所のCEOが語っている言葉に注目した。(記者が勝手に書いたものかも知れないが・・・)

ー「AIはあるゆるデータを網羅的に解析するので『予想外』というものがない。不確実性を産まないような結論を出してくれる」

ー「重要なのは固定観念で切り捨てられたデータかもしれない。そこに着目したら、より客観的な判断、意思決定ができるようになる。」

ー「企業は先入観や経営アドバイザーの意見にとらわれずに、事実関係だけで意思決定ができる」

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これを読んでの意見、感想は個人によって違うであろうが、私は正直驚いた。

1)競合関係にある大手企業数社が仮にすべてIBMの”ワトソン”を購入し、経営判断に利用したとしよう。解析結果が同じとなると、どのような経営方針が競合に勝つのであろうか?経営者は何をするのであろうか?

2)”先入観や固定観念が意思決定の邪魔をする”という事はありうる。しかし、多くの先輩が経験的に学んできた一種の"勘”のようなもの、失敗とか、思わぬ事故などに遭遇して必死に掴んだ”何か”、更に言うなれば、”固執したために花開く何か”等が経営の妙なのではなかろうか? AIに経営判断の基礎を頼るようなCEOはお払い下げである。

3)全ての東大生がそうではないが、傾向として、「東大生は賢すぎて答えが面白くない」、「いち早く結論を出して、諦めてしまう」という事実がある。一方、地方大学卒業生は「答えが分からないので、動いてみて、失敗をして、その結果、予想外の結論を出す」、「馬鹿馬鹿しい会話をしながら、何か面白い予想外の製品を開発したり、顧客の魂を掴んでくる」という傾向がある。AIは典型的な”東大生”である。(確か、このCEOは徳島大卒業だったと思うが?)

ここにも、AIが許される範囲をきちんと考えない経営者がいる。AIは飽くまでも補助手段であり経営判断の真ん中に据えてはならない。”ワトソン”がいても”シャーロックホームズ”が不可欠であり、そこに”人の知恵”が必要であることを肝に銘ずるべきであろう。

 

論理的思考方法として演繹的方法と帰納的方法がある。私の判断ではAIは演繹的手段の域を最後まで出れないのではないかと思う。

AIが許される範囲(2)

AIについては、恐らくプラスの面だけが強調されて研究開発・普及が進むであろう。それはそれで良いことである、

下表は「官民 ITS 構想・ロードマップ 2016 」~2020 年までの高速道路での自動走行及び限定地域での無人自動走行移動サービスの実現に向けて~ (平成 28 年 5 月 20 日 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部 )からの引用である。

私の考え方では”良い面”はレベル1とレベル2の半分程度までで、レベル3&4は”悪い面”となる。

即ち、人身事故の絶滅、衝突や自損事故の軽減、高齢者の判断能力補完、自動車本体のメンテナンス支援、車内の快適性維持、省エネ運転支援、そしてドライバーの肉体的トラブルへの警告・自動停止、などは是非ともAI技術によって対応を図って欲しい項目である。本来の目的である”ドライバー自身の安全を確保し、かつ、平行して、または対向して走行中の車両との走行中の事故を防ぎ、交差点等における歩行者との事故を絶滅する”ことを第一義として対応することが絶対条件である。それ以上は望まないし、望む必要はない。

それなのに、業界及び国はレベル3,4と、より高度化、複雑化しょうとして、競争に膨大な資源(人、資金、時間)を投入している。何故と聞きたい。

私自身が某大手電機会社に40年余を過ごして分かるのであるが、システムというものは

複雑になればなるほど、達成感が大きく、開発者として満足度が高いものである。しかし、システムが複雑という事は部品点数が指数的に増加するため、品質保証の要求度も指数的に高くなってくるのが常識である。上の表で、レベル3,4となると責任は”システム側”になると明記されており、ドライバーの生命は元より他のドライバーや歩行者の生命までも”システム”に責任を持たせるという考え方になっている。私は、一品だけの特別注文品であればいかなる複雑なシステムでもお金に糸目をつけずに設計・製造する自信がある。しかし、少なくとも何万台という”ライン”で製造される”走る凶器”とも称される自動車がレベル3,4の複雑なシステムで自動走行を許可するという事には断固として反対である。技術的に出来るという事と、その技術を一般化するという事は別のものである。AIの”悪い面”である。

そのような事を考えていたら、先日、ミニロケットが発射に成功したものの、情報通信で問題が発生し、2段目の着火を断念したとの記事があった。コストを低減するために、民生用のシステム、部品を採用したことが原因らしいとある。このミニロケットを打ち上げるために、”民生用のシステム、部品”と言っても、相当な品質管理の製品を選らび、かつ、種々の耐久性などの実験を行い、採用したものであって、秋葉原へ行って適当に購入したものではない筈である。それでも、一品だけの特別仕様システム、部品とは異なるのである。自動運転のレベル3,4ではドライバーや歩行者などの生命が担保になっているので、故障しましたでは済まないのである。

私は問いたい。何のためにこのようなレベル3,4が必要なのか?と。

想像するに、レベル3,4に対応する自動車が市販されると、その価格はとんでもない価格であり、一部の富裕層向けだけになるであろう。そのドライバーはハンドルを操作することなく、携帯でゲームをしたり、お茶を飲んだりしていて、並走している旧型自動車の運転席には高齢者が必死にハンドルにしがみついて運転している光景は見たくないものである。

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