再生医療 その1 - 再生医療の難しさ

 

キーワードとして「再生医療」という言葉がマスコミに登場したのは約20年前に遡る。以来、日本再生医療学会が2001年に創立され、2012年には京都大学山中伸弥教授がiPS細胞の作製についてノーベル医学・生理学賞を受賞され、従来の体幹細胞、ES細胞に加えてiPS細胞を用いた再生医療の可能性について高い評価と期待を持たれながら今日に至っている。

こう記述すると、再生医療の前途は洋々と思わるが、実は研究としては華々しいが、実用化(ビジネス)としては相当に難しい。要はコストである。一人の患者に2千万~数千万円の費用を掛けても良いのであれば、恐らく10年から20年の間に、化学薬品では治療できなかった幾つかの難病を再生医療で救うことは出来よう。しかし、それでは金持ちだけの治療法であり、一般の人には福音にならないし、保険収載も難しいと思われる。

私どもはこのようなビジネス面から見た事実を正確に把握し、その対応を研究者と一緒に進めなければならないが、そのような発信は少なく、ただ、研究分野の成果だけが独り歩きしてマスコミに喧伝されている。もう、そろそろ、ビジネス的な視点での問題点の整理とその対策を打つ時に来ていると思い、このプログを綴っている。一人でも賛同者を得るために。

最大の課題は再生医療はオーダーメイドの治療法であることである。山中教授率いるCiRAはせめてこれをイージーオーダー的に実施すべくiPS細胞ストックプロジェクトを推進されている。(CiRAホームページから)

 *再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトでは、HLA(Human Leukocyte Antigen : ヒト白血球型抗原)型を、 免疫拒絶反応が起きにくい組み合わせ(ホモ接合体と言います。)で持つ健康なボランティアの方に細胞を提供していただき、医療用のiPS細胞を作製します

これは研究サイドからのコスト低減策で、いわゆる“他家細胞”を用いた治療法である。これにより、恐らくコストは半分程度まで下げることが可能であろう。しかし、半分になっても1回の治療に対してまだ数百万円かかるようでは一般の患者には手の届かない治療法である。では、更なるコスト低減策はあるのであろうか?

対応策の担い手はもう研究者ではなく、医薬業界を含めた産業界に移して考えねばならない。この10年ばかりの産業界の動きを見てくると、FIRM(再生医療イノベーションフォーラム)が平成23年に設立された。その目的は以下とされている。(FIRMホームページから)

再生医療研究の成果を安全かつ安定的に提供できる社会体制をタイムリーに構築し、多くの患者の根治と国益の確保、国際貢献を実現することを目的とする。

そして、現在FIRMが最も力を注いでいる活動が“再生医療周辺産業バリューチェーンの整備と活性化を目的に、業界視点での、輸送、自動培養装置、CPC、プラスチック製器材、培地に関するFIRM基準を作成・公開”(FIRMサポーティングインダストリー部会)である。

確かに、基準を制定し、品質の安定化を図ることは産業界では一つの課題である。しかし、JISにしても、他の基準、規格類にしても大量生産に寄与してこそコスト低減に寄与するのであり、一般的には基準・規格を制定するという事はその産業界の権益を守るための方策である。だから、国際的な基準・規格作りでは経済産業省が先頭に立って国益を守るための活動を行うのである。基準・規格の制定は2面性を持っているのである。

これは断言できるが、コストを下げようとするならば、先ず自由競争で色々の知恵を出させ、その取捨選択を行う際に、安全とか品質維持とか汎用性等の網を掛ける事が必要になる。再生医療に関わる産業界の製品・システムはまだ開発初期の段階にあり、基準・規格制定には尚早である。この時点で基準・規格を制定すると最大公約数的な、あれも、これも的な内容になるのは目に見えている。

 

では、どうしたら産業界はコストダウンに寄与出来るのであろうか。それには、関係する業種(以下)が集まり、総合的な目標価格を設定し、それらをお互いの業界の中で達成するべくタイムスケジュールを作る作業をせねばならない。その上で定期的な会合からお互いの目標価格への達成度を確認しながら、全体としての目標を達成していく。民間で行われている大規模プロジェクトの管理手法を採用するのである。FIRMの課題は、最初から個々の業界・技術に全てを任せてしまったことにあり、総合的な目標、特にコストと達成時期についての議論を行っていないことにある。

 《参加させねばならない業種》

  ①細胞、細胞製品の搬送に関わる業種

  ②細胞の加工に関わる業種

  ③細胞の培養液、薬品に関わる業種

  ④細胞の培養器具・培養装置に関わる業種

  ⑤細胞の分析・品質管理に関わる業種

  ⑥細胞製品の凍結保存に関わる業種

  ⑦細胞加工業者

 

以下、次回から詳細を検討する。