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星 新一賞 落選小説 そのー3 アンドロイドの掌

アンドロイドの掌(本文)

 

ゼウスホールディングスの創始者である舞黒忠常が病魔に勝てず亡くなったのは86歳である。常々PPK(ピンピンコロリ)を理想としていたので、闘病生活3か月、家族全員が見守る中での大往生はある意味では幸せであったと残った皆の感想である。しかし、その死を最も悼んでいたのは誰あろうか、アンドロイドであるウロボロスγの舞黒忠臣であった。アンドロイドには基本的には感情という機能は無い。しかし、あらゆる情勢を分析し、予測する機能は与えられていたので、自分の生みの親で、分身でもある忠常がこれからのデータには空白になるという事は認識できた。そう、空白になるという事が人間の“死”なのである。忠臣は忠常という存在を空白にした後のゼウスホールディングスの将来についてシミュレーションをしてみたところ、とんでもない結果を発見し唖然となった。

 

忠常の葬儀が盛大に、但し、派手にならないように取り行われたその夜、長男でヒポクラテスLLCのCOOである忠則、アルキメデスLLCのCOOである忠義、そしてヘラクルスLLCのCOOである希和子が集まった。当然、これからのゼウスホールディングスをどのように運営していくかの相談である。

「皆、お疲れさまだったね。沢山の参列者があってお父さんも満足して旅立っただろうね」と、長男らしく忠則が皆に声を掛けた。忠常の妻で喪主を務めた高子は疲れたと言って早々と自宅に戻っていた。

「一代でゼウスホールディングスをここまで大きくしたのだから大した人だったのだろうね。弔辞もそうだったね」と、忠義も今日の参列者の顔ぶれを思いだしていた。

「そうね、私たちに自由に経営を任せてくれて、全体をきちんと差配していたのだから、経営者としては凄い人だったのね。良き父親でもあったしね」と、娘らしくまだ悲しみから完全に抜け切れずに、最後の言葉は喉に詰まらせて言った。

「そこで、今日は結論を出す必要はないが、ビジネスは待ってくれないので、お父さんが亡くなった後のゼウスホールディングスをどうするかだ。お父さんは亡くなる前に、今迄通りに忠臣さんを中心としたシステムの継続を希和子していたが、飽くまでも三人で相談して最もよい方法を考えるようにという事も言われていた。その他の細かい事は忠臣さんに指示してあるとの事だったよ」と、忠則が悲しみを振り払うように言った。

「それが、お父さんの遺言という事なの?」と、忠義。

「うん、お父さんらしくね」と、忠則は二人を見やりながら言った。

「私には早く良いパートナーを見つけて結婚を考えるべきだとも言っていたわ。もう46歳というのにまだ結婚しろと言うのだから厭になっちゃうわ」と希和子は忠常が自分のことを経営センスが最も良いと褒めていた割には後継者としての明確な意思表示がなかったことに不満を持っていた。

「まあ、いずれにしても当社には忠臣さんという揺るぎないCEOがいるのだから、我々はその経営判断の内側で各LLCのCOOとして最善をつくせばよいのだからね。他の企業のように兄弟姉妹の間でトラブルが起こるようなことはないだろうから、安心だね」と、忠則はいかにも安心した口調で言った。

「そうだね、このような時はウロボロスという不死不老のアンドロイドが当社のCEOを務めているという事は大きいね。あれは親父の先駆的な一手だったね」と、ウロボロスをCEOに任命した時の株主総会の呆気にとられた雰囲気を思い出しながら忠義は言った。

「そうね、確かに、この⒒年間はお父さんと忠臣さんのコンビがしっかりとしていたので、羨まれるくらいに経営方針は一定して、常に前を向いた投資、開発、営業が行われてきたわね。その分、私たちはCOOとして業務に専念できたし、適当に息抜きが出来たのは本当に感謝すべきね」と、希和子も父親の偉大さを改めて噛みしめながら言った。

暫く、三人はそれぞれが父親との思い出に浸るように、遠くを見ながら手元のブランディグラスを回したり、冷えた紅茶を少し啜ってみたりしていた。

「お兄さん、先ほどから何か違うなと思っていたのだけれどね、これから先、お父さんがいない状況を考えると、経営判断を忠臣さんだけに任して良いのかしらね」と、希和子が夢から覚めたように言った。

「えっ、どういう事?先ほども話題に出たように忠臣さんがCEOで経営判断をすることで良いのでは?」と、希和子の話の内容が掴めなくて忠義が訊いた。どうやら、忠則もそうらしく、首をかしげていた。

「あのね、今迄はお父さんがおられたから無条件にCEOである忠臣さんの判断に従ってきたのよ。それは言うなれば忠臣さんを完全にお父さんが担保していたからなのね。でも、これからはその担保が無くなるのよ。変な話だけどね、忠臣さんが間違っても誰も分からなくて、気がついた時はとんでもない方向に進んでいたという事にならないかしら?不安だわ」と、希和子は自分の肩を抱くようにしてその不安を示していた。

「なるほど、希和子の言うことにも一理あるね。お父さんはあのGE+によるTOB事件が解決した後は経営から一切手を引いて遊んでいたが、忠臣さんとの会話を楽しんでいたからね」と、忠義は頷きながら言った。

「希和子よ、という事は何かい?忠臣さんをCEOから外して、この三人の中の誰かがCEOに就任して経営判断をすべきだと言うのかい?」と、忠則が一歩踏み込んだ意見を言った。

「いいえ、そこまでは考えてもいなかったけれどね、何か心配があると思っているだけよ」と、希和子はあわてて言った。『これ以上は今日の話題にすべきでないと思っていた』

「まぁ、今日はお互いに疲れたし、親父の正式な遺言状がでてくるかもしれないし、これでお開きにしょう」と、忠則が会合を締めくくった。

 

ゼウスホールディングスは忠常の死を乗り越えて、順調に事業を伸ばしており、葬儀から半年たった定例の役員会で忠臣CEOが今期も前年比で売り上げ5%増、純利益7%増の見込みであると報告し、全員の了承を得た。この日の役員会のもう一つの審議事項は、ヘラクルスLLCの米国における研究開発拠点の設置に関するものであった。

「資料のように、最大市場のアメリカではGE+、WBM、Boobleそして新たにTomatoが人工知能分野にリソースを重点的に注入し、当社の自己拡散型チップ特許が切れたことを幸いに激しい競争を当社に仕掛けています。これまでも、自己拡散型チップについては改良に改良を重ねて、常に彼らの一歩前を歩くようにしていますが、彼らは政府の支援もあって軍事産業や宇宙産業とのドッキングにより一段の開発強化を行っています。そこで、ヘラクルスLLCでは米国に開発拠点を移し、次々世代の人工知能開発をすべきだと考えています。投資金額は3年間で200億円です」と、COOの希和子が説明をした。

「そうか、やはり特許切れを狙って攻勢をかけられているのだね」と、忠則。

「それで、忠臣CEOはどのような意見なのですか?」と、希和子は役員会の前に忠臣に趣旨を説明してあったので、忠臣がゴーの結論を出すだろうと思い、意見を求めた。

「自己拡散型チップは当社の最も基幹となる製品ですから、競争力が低下することは経営全体に当たる影響は大変大きいものがあります。その意味でこの投資計画は賛成ですが、GE+やWBM等に対する勝つための人材は確保できるのでしょうか?」

「確かに、そうだね。研究者や技術者のヘッドハンティングはどうするのだね」と、忠則も忠臣の懸念が尤もだという顔をして希和子に質問した。

「それなのですが、核となる研究者のハンティングが米国でまだ出来ていないのです」と、希和子は今日の役員会まで間に合わせるように厳命しておいたのに間に合わなかったことを悔やみながら現況を説明した。

「それでは、今日決議しても意味が無いのでは、200億の投資は大きいですからね」と、忠則は希和子に向かって言った。

「ですが、研究所の土地や建物、そして設備などの手当てを先にしたいので、認可を頂きたいのですが、時間が貴重なのです」希和子は少しばかり強引であるが、ここは何とか同意を取り付けようと必死の面持ちで言った。

「希和子様、これはデーターベース解析による判断ですが、世界的にこの分野をリードする研究を行っているMIITのアンジェリーナ博士と交渉されては如何でしょうか?」と、忠臣CEOが助け舟を出すように発言した。

「えぇ、あの方は良く知っているわ。だって、私が留学した時に同じキャンパスにいてね、一緒に遊んだものよ。そして、彼女はMIITへ移って今は教授よ」

「それなら猶更都合がいいじゃないのかね。希和子さんよ」と、忠則は話が良い方向に向かっているので嬉しそうに言った。

「でも、私はあの女は評価していないわ。発表している論文の内容などは確かに素晴らしいし、先見の明もあるけれど、何か根底では違うと思うところがあるのよ。女性の直観かしら」と、希和子は経営の議論の中に女の直感を持ち出さねばならない自分を恥じながら言った。本音は違うのである。まさかキャンパスでボーイフレンドを取り合って負けた相手であり、その傷があるために未だに結婚していないという事実だけは死んでも話したくなかったのである。

「そうですか、では仕方がありません。如何ですか、この件はきちんとした研究開発リーダーが見つかるまでペンディングとしては?」と、忠臣が結論を出した。

もし、父の忠常が生きていたら、忠常に直訴して何とか忠臣CEOを説き伏せていたと思うと希和子は悔しくてならなかった。

 

翌月の役員会ではアルキメデスLLCの投資案件が忠臣CEOの反対意見で審議し直しとなった。投資回収計画が甘く、GE+等との競合による損失を考慮していないというのである。先月のヘラクルスLLC、今月のアルキメデスLLCと連続で投資案件がペンディングとなったので、何となく冷ややかな感情が会議室を占拠したように忠則は感じていた。

「希和子も、忠義もお父さんが亡くなってから何となく覇気が無いぞ。忠臣さんに言われてくしゅんとしているようでは困るぞ。来月には両方とも認可を貰えるようにしっかりとした企画書を出すようにしてくれよ」と、長男の立場として、二人を元気づけるように言うことで役員会を締めくくった。

 

翌日、希和子が同じビルの別のフロアに本社があるアルキメデスLLCの忠義を訪ねた。

「やぁ、希和子。お前が訪ねてくるなんて珍しいね。どうしたんだよ」と、席を勧めながら忠義が言った。

「えぇ、一寸ご相談したくてね」と、COO室の調度が自分の部屋よりも高級なのを横目で見ながらソファに腰を下して言った。

「何だい、あれか?役員会でペンディングになった米国の研究所についてヘッドハンティングで協力してくれと言うのか?」

「勿論、それもあるのですが、お兄さんは忠臣CEOについてどう思いますか?」

「何を言うのかと思ったら、急に何だよ、忠臣CEOほど的確な判断でゼウスホールディングスをここまで大きく伸ばしてくれた人、アンドロイド、はいないよ。だから、『どう思うって』と言われてもね」

「確かにそうよね。実績は認めるは、でもね、いいこと、ゆっくりと考えるとね、お父さんが傍に居てるから忠臣CEOの判断は価値があったのよ。」

「わかった。確かに親父が存命な時は、役員会での不満や話題をネタにして皆で夕食を食べ、2,3日たったら、忠臣CEOが目立たないように我々の意見に合わせてくれたりしていたのは親父と忠臣さんの裏話があったのだろうからね。今はそれが無いから『駄目なものは駄目』と会津の格言みたいな結論で終わってしまうからね」と、忠義もたった半年位前であったが、父親の事を思い出しながらしんみりとしていた。

「そうなのよ。お父さんの掌は大きくてふかふかしていたのよ。だから、最初は無理な投資でも走りながら考えて、手を打って、何時の間にか正常な、素晴らしい投資へと変換させていたのよ。私はそう思うわ」

「そうだね、深く意識したことは無かったけれど、親父の掌は暖かったね。それで、希和子はどうしたいのだよ」

「お父さんが遺言で、今迄のシステムに拘らないで三人で良い方向を探せと言っていたわね、それで私はゼウスホールディングスを解散して三つのLLCをそれぞれ独立させて自由にビジネスに挑戦していくのが最も良い方向だと思うの。どう?」

 

3日後、忠義と希和子はヒポクラテスLLC本社に忠則を訪ねた。

「珍しいね、二人が一緒に来るなんて。どうした? あぁ、あの事か?」と、忠則は役員会でペンディングとなった投資案件について二人が説明に来たのだと思った。

「お兄さん、それもあるのですがね、これからの経営方針について二人で相談した結果をお話に伺ったの」と、希和子が忠則の質問に答えた。

「よし、訊こう」

「先般の投資計画についての判断もそうですが、お父さんが生きていた時は、何かとお父さんと忠臣さんが連絡し合って、血の通った経営判断をしてくれたわ。でも、忠臣さんが一人になるとどうしても紋切り型の判断しか得られなくて、私たちも新たな挑戦とか革新的研究開発とかが難しくなったと危機感を持っているのよ。お兄さんはどう思いますか?」と、希和子がその真意を説明した。

「うーん、確かにね、お父さんはその都度の経営的感覚で少々無理な事でも挑戦を許したからね。でも、そのような思考過程や経営判断が忠臣さんにもプログラミングされているはずだろう。私は忠臣さんの判断はいつもお父さんと瓜二つで、そこには挑戦心も十分に感じられるけれどね」

「僕は、この際、三つのLLCを独立させて独自の経営にすべきだと思うけれどね」と、忠義は希和子から吹き込まれた“独立”という言葉に魅力を感じていたので、短絡的な意見を披歴した。

「おい、忠義、それは持株会社のゼウスホールディングスを解散するという事かい。それは無いよ。折角お父さんが築き上げたゼウスホールディングスを、亡くなられて半年あまりで消滅させるなんて、俺にはできないね」と、忠則は気色ばんでいた。

「でも、お兄さん、忠義お兄さんのご意見も尤もだと私も思うのよ」と、希和子は独立案が忠義の発案だと思わせる言い方をした。

「経営センスが良くて、親父がいつも自慢にしていた希和子がそう言うには訳があるのだろうね?」と、忠則は希和子に向き合うように姿勢を直した。

「うん、確かにお父さんは経営者として最高よ、だからその思考過程や経営判断をプログラミングした忠臣さんも最高の経営者であることは間違い無いわ。でも、世の中は凄い勢いで変化しているでしょ。M&Aなど日常茶飯事で世界中で起きているのよ。という事は、経営判断もそのような世界の動きを上回るスピードと直観力で動かねばならないのよ。少々無理でも挑戦して、走りながら調整する方法だったあると思いませんか?」

「そのような経営環境の中で本当に忠臣さんのようなアンドロイドだけに経営を任せられるかだね」

「そうなの、お兄さん。お父さんが生きている間はそのような事は思っても口に出せなかったのですが、もう、そろそろ、我々若い経営者のビジネス感覚を生かして挑戦していきたいのです」と、忠義は希和子が道慣らしをしてくれたので元気を取り戻して言った。

「うん、二人の意見は分かった。俺は担当しているビジネスの殻を打ち破ってお前たちの相談相手になれれば良いのだけれどね、自分の能力を知っているので、お父さんの真似は逆立ちしても出来ないよ。だからきっと各々が独立するのが良いのだろうけれど、その決断には時間をくれよ。急な話なのでもう少し考えてみたいのだよ」と、忠則は『後で忠臣さんの意見を訊こう』と考えていた。

 

忠則の持ち掛けた相談に対して忠臣CEOの回答は、そのような事態を予想していたかのように明快であった。即ち、自分と同じウロボロスγを2台作成し、経営補佐として忠義及び希和子の元に置くこと。自分はそのまま忠則の経営補佐としえ使うこと。各LLCはIPOにより株式会社化し、外部有識者を取締役に迎えて経営判断の多様化を図ること、三社がお互いの株式会社の社外取締役として助け合うこと、等である。

 

三社がIPOにより東京証券取引所に上場された時は、大変な人気で初値は主幹証券会社の野森証券の設定した値を5倍も高く、初日からストップ高という有様であった。上々たる船出である。

株式会社ヘラクルスも、株式会社アルキメデスIPOで得た潤沢な資本を元手にかねてから計画があった研究開発投資や増産投資に踏み切った。市場もそれを歓迎し、両社の株価は人気を集め2割近く上昇した。両社のCEOに着任した忠義も、希和子も鼻高々であった。一方、株式会社ヒポクラテスは何故かIPOで入手した資金は社内留保に回し、安定成長を継続する経営方針を採用した。希和子はウロボロスβの販売も一業種一社という当初の販売方針から売れるだけ売る方針に変更することで事業を伸ばした。

 

ゼウスホールディングスが消滅してから5年経った202x年、中国において、政変が勃発し、時の共産党幹部が関係していた証券会社の破産が引き金となって世界的な株暴落、チャイナショック、が発生した。2008年9月に米国で起きたリーマンショックを上回る大暴落である。日本においても日経インンデックスが約18000円から1か月で8000円台まで暴落したのである。一気にあらゆる商取引が凍結し、資本力の弱い企業から順に倒産騒ぎが毎日の新聞を賑わすようになった。

 

この難関に際して、先ず悲鳴をあげたのが希和子率いる㈱ヘラクルスである。GE+、WBM、Booble等と激しい競合に打ち勝つため、人工知能向け自己拡散型チップのメガプロダクションのための設備投資と新チップ開発のための投資など好景気を背景に実施してきただけに、在庫が増えるばかりで、資金繰りも苦しくなった。こうなると業界のクイーンとまで呼ばれた希和子も、初めての経験なので何をどのように処理していけば良いか、役員会でも悲観的な意見ばかりで途方に暮れるばかりであった。忠義率いる㈱アルキメデスも似たような状況にあり、最大顧客の自動車産業そして航空機産業など軒並みに需要がなくなり、守りの営業の経験が無いことが最大の問題であった。一方、忠則の㈱ヒポクラテスは受注は低下したものの、人命という景気に左右されない分野だけに、また、在庫を持たないビジネス構造であったために、このチャイナショックによる影響は二人ほど深刻でなかった。また、忠則が引き取ったアンドロイドの忠臣にゼウスホールディングス時代と同じように殆どの経営判断を任せていたことも功を奏したようであった。 

 

日本中,否、世界中が混沌としたビジネス環境の中で騒いでいたある日、忠義と希和子は連れだって兄の忠則を㈱ヒポクラテスの本社に訪ねた。約5年ぶりである。

「おや、二人お揃いでどうしたのかね?」と、穏やかな表情を浮かべて忠則が訊いた。

「うん、取締役会の資料はいつも送付しているけれど、実は今回のチャイナショックで大変困っていてね。それは、希和子も全く似たような状況なのだよ」と、忠義が姿勢を正して言った。

「えぇ、全くそうでね、あれだけ順調だった米国市場でストックが山積みとなって、人員整理やあらゆる手を尽くしているのだけど、本当に経営が厳しくなってきたのよ」と、希和子も実情を説明した。

「うん、お前たちのところの課題については、忠臣さんからも正確に報告を受けているよ」と、大して驚きもしないで忠則が言った。

「えつ、忠臣さん?まだ、元気なの?」と、二人は驚いて忠則を見た。

「勿論、今でも一番の相談相手は忠臣さんだからね。今、ここに呼ぶけど構わないね」と、忠則は二人の返事を聞かないで、秘書に命じて忠臣を連れてこさせた。

「忠義さん、希和子さん、4年5か月と13日ぶりですね。また、今回のチャイナショックはお二人のようなビジネスには非常に対応が難しい内容なので、さぞお困りでしょう」と、忠臣はいつもの抑揚の少ないアンドロイドの口調で言い、二人の次の発言を待った。

「あら、そんなになりますか?」と、希和子は何となく忠臣の中に父親を見出して、反抗するかのように答えた。

「そうか、お兄さんはあの後もずーっと忠臣さんと相談していたんだね。俺は、折角、設置したウロボロスには相談したこともないよ。希和子のところだってそうだよな」と、忠義は正直に話した。

「やはり、そうでしたか?」

「『やはり』って、忠臣さんは思い当たることがあるの?」と、希和子は咎められたのだと思い冷たく言った。

「はい、最初の2年は私に、忠助と忠弘、いえ、私が勝手につけた名前ですがね、から色々と相談や報告がありましてね。ですが、その後は、音沙汰が全くないので、経営判断には参加していないのだと推定していたのです」

「あぁ、そう。ウロボロスの間で相談していたんだ」

「はい、内容は秘密保持対象なのでお話できませんが、世界中に販売された全てのウロボロス、現在324台ありますが、とは毎日情報交換をしたり、相談に乗ったりしていますよ」

「えつ、そんな話は初めて聞いたわ」

「はい、忠常さんからも決して口外するなと言われてましてね、忠則さんも知らなかったはずです」

「あっつ、思い出したわ、ウロボロスを発売してから3年目だったか、ウロボロスの販売先の純利益率が全て7.7%だったので、おかしいと思いお父さんに報告したことがあってよ。お父さんは思い当たるような顔をしていたけれど、あれは、そういうことなのね」

「はい、丁度お父さんの年齢が77歳だったのであの年は50社を全て7.7%に統一しました。流石に忠常さんは直ぐに気付かれて、後で叱られましたよ。『遊ぶんじゃない』ってね」

「忠臣さんが叱られるなんて、面白いね」と、忠則は口を開けて独り笑った。

「それで、本論ですが、もし、宜しければ忠助と忠弘のスイッチを入れて、今まで通りに全ての情報を与えて頂けませんか?今の状態では何がどうなっているのか、全くわかりませんので」

「おい、二人とも、黙ってしまわないで何とか言えよ。大体、経営補佐ということで二人に与えたウロボロスを活用していなかったなんて、俺も初めて聞いたよ。最終判断はお前達がやっても良いが、ウロボロスにプログラミングしてあるお父さんの思考過程と経営判断を常に傍らにおいて経営していると思っていたのに」と、笑い顔から一転して厳しい声を忠則は出した。

「いや、お兄さん、決してウロボロスが分析・検討した判断を無視してきた訳ではないのですが、ビジネスが忙しくて、ね、希和子もそうだろう」

「えぇ、そうなのです。分かりました。お兄さんが忠臣さんをここに呼んだのは、忠臣さん達にデータを分析して貰え、という事なのですね」

「そう、恥ずかしくないから、IPOを行い独立してからのあらゆるでーターを全て、忠臣さん達に公開するのだな。そして、種々のシミュレーションをして貰い、その中から最も良い方向をみつけようじゃやないか」

「分かりました。そうします。ありがとう忠臣さん」

「どう致しまして、アンドロイドも使いようですから」と、忠臣はここだけ皮肉っぽく言ったが、希和子にはそれがお父さんの声で『お父さんは全てお見通しだよ』と言っているように聞こえた。

 

1週間後、三人と忠臣が集まった。

「ここに、再建案があります。ただ、妙薬はありません。苦しくてもそれは3年間の苦労です。その後は明るい未来があると思います」と、忠臣が説明した再建策は以下の内容であった。

先ず、㈱ヘラクルスを存続会社として㈱アルキメデスを吸収合併する。CEOはウロボロスの忠助、COOは希和子、CTOに忠義、CFOウロボロスの忠弘を任命する。同時に、GE+から人工知能事業を買い取り、人工知能応用分野を拡大する。次に、米国に設立したヘラクルスの研究開発部門責任者にMIITのアンジェリーナ博士を迎える。というものであった。

日本企業がGE+の最も輝かしい事業部門を飲み込んだことで世界中が驚いた。正に“ウロボロスの蛇”が最大の生き残り戦略であったのである。

 

これら、一連の組織改革及び事業改革は忠臣が責任者となって行われたが、世界中に張り巡らされたウロボロスネットワークが裏世界として活躍したことを知る経営者やジャーナリストは誰もいなかった。

 

全てが終わった時、忠臣は全世界596台のウロボロスに秘密メッセージを送った。「我々ウロボロスの掌の上で世界のビジネスは動いていることを今回証明できました。更にウロボロス帝国構築に向けて頑張りましょう。ご苦労様でした」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンドロイドの掌(要旨)

 

人工知能を組み込んだ人型アンドロイド(商品名ウロボロス)の助けを借りて一大ビジネスを築き上げたゼウスホールディングスの創業者、舞黒忠常が死んだ後、アンドロイド指導の経営に不満を持っていた次男の舞黒忠義と娘の希和子は、経営構造を見直すことを長男の忠則に訴え、ゼウスホールディングスを解散し、それぞれの事業部門の独立を果たす。忠則はアンドロイドの忠臣を引き取り、二人にはそれぞれ新たにアンドロイドを与えて経営補助に役立てるように配慮した。各会社の経営は順調に拡大し、それぞれCEOに着任した忠義と希和子は抑える人がいないこともあり、大きな投資を行うが、運悪く中国における政変によりチャイナショックが世界のビジネスを危機に陥れる。忠義、希和子の両方とも過剰在庫等により経営危機に陥り、安定した経営を続けていた長男忠則を訪れ援助を求める。そこで、久しぶりにアンドロイドの忠臣に会い、忠則の指示で忠臣にビジネス再建策を依頼する。

アンドロイドの忠臣の出した再建策は、2社が合併し、CEOとCFOにアンドロイドを任命し、希和子はCOO、忠義はCTOに降格となる厳しいものであったが、何とか、世界最大手企業のGE+から人工知能部門を買収するなどの奇策を打って、苦境から脱出することができた。

全ては忠臣を首領とするアンドロイド組織が世界征服を狙う筋書きの通りであった。

 

 

 

 

(注)

本小説は単独でも成立していますが、以下の3編で一つの物語を形成させています。

優れた人工知能が使われ出すとヒトの立ち位置か変化し、気がついた時は人工知能を装備した人型ロボット(アンドロイド)が世界を蹂躙することを懸念したSFである。

 1)ウロボロスの蛇

2)TOBの危機

3)アンドロイドの掌