星 新一賞落選小説ーその2

TOBの危機(本文)

 

株式会社ゼウスホールディングスの事業部門であるヘラクルスLLCから人工知能を持つ人型ロボット、アンドロイドを“ウロボロス”という商品名で販売を開始したのは、ウロボロスがゼウスホールディングスのCEOに着任し、1年後の株主総会で確実に業績が大幅に上昇したことを確認してからであった。これまでのヘラクルスLLCなど三つの事業部門に加えてウロボロスLLCを設立すべきとの意見もあったが、ウロボロスのCEO自身が『ウロボロスを外販するのは良いが、一業種一社というように限定して販売しないと、ビジネスが共振してしまう恐れがあるので、限定販売すべきである』と意見を出し、営業活動が限定されるのであれば新たな事業部門は必要が無いと判断された。このウロボロス自身の経営判断に会長の舞黒忠常を始め、3部門のCOOである長男の忠則、次男の忠義そして娘の希和子も驚きを隠せなかった。アンドロイドが自分自身と同じアンドロイド仲間が増えることについてさえも的確な判断を示したからである。忠常は『そうか、同業種に2台以上ウロボロスが入るとビジネスが共振を起こすか! いや、見落としていたがその通りだ』と感嘆しきりであった。

 

ウロボロスはゼウスホールディングス会長兼CEOであった舞黒忠常が3人の子供達が将来とも伸び伸びと、しかも発展性のあるビジネスが出来るように、ここまで成長させてきた自らの思考過程や経営判断を間違いなくフォローする後継者として開発した人型ロボット、アンドロイドである。人工知能の中心は忠常が日本及び殆ど全ての国に特許権を持つ“自己拡張型チップ”という世界でも類を見ないデバイスである。だから、このアンドロイドは人の約100万倍のスピードで、経営関連及び世界情勢関連のあらゆる情報を収集・解析し、学習し、経営判断することが出来た。1年前のゼウスホールディングスの株主総会で忠常が新CEOにこのアンドロイドを指名した時は全世界が驚きの渦に飲み込まれてしまったのである。法的には法人、自然人に継ぐ特殊個人で名前は舞黒忠臣と登録された。

 

ウロボロスが市販されることが発表されると、ゼウスホールディングスの株は1年前の株主総会直後と同じように東京証券取引所ストップ高となり、世界中から引き合いと質問が凄い勢いで飛び込んだ。あのGE+(プラス)でさえ多大な興味を示し、人事部担当副社長のジョン・ウルフが専用機で羽田に降り立ち、直接丸の内にあるゼウスホールディングス本社に乗り込んでくる有様であった。ジョン・ウルフにはCEOである舞黒忠臣とウロボロスの研究・開発・販売を担当しているヘラクルスLLCのCOOである舞黒希和子が会った。ジョン・ウルフは流暢な英語で対応する舞黒忠臣が噂のアンドロイドだと知って、色々な質問をぶつけてきたが、希和子の助けを借りることなく、的確に回答するので心底驚いていた。ひとしきりの資格審査めいた質疑応答の後、明らかにされたGE+の要求はウロボロスに埋め込まれている舞黒忠常の思考過程と経営判断プログラムの代わりにGE+の会長兼CEOのジャック・ウェルゴーの思考過程と経営判断の考え方を採用したいというものであった。即ち、ウロボロスのジャック・ウェルゴー版である。

ジョン・ウルフが訪れた夜、忠常、忠則、忠義、希和子そして忠臣は会議を持ち、GE+への対応を議論した。

「とうとう俺もジャック・ウェルゴーと同等に扱われるかと思うと感慨深いものがあるね」と忠常はブランディを掌で温めながら満足そうに言った。

「あのGE+でさえ、ウェルゴーを超える人材は出ていないのかね」と、忠則はブランディのつまみに用意させたゴディバのダークチョコレートをつまみながら言った。

「聞くところによるとGE+は密かに自動車向けに人工知能自動運転システムを開発していると言うよ。俺のところと競合してくるね。困った問題だね」と、忠義は自分の会社が影響を受けることを心配して言った。

「そうね、GE+は巨大過ぎるわね。そして、納入したウロボロスが徹底的にバックエンジニアリングされ、私たちの自己拡張型チップを上回るノウハウを習得したら、私たちのビジネスプランが根底から覆されるのではないかしら、ねえ、お父さん」と、希和子は自分のために淹れたアッサムの濃い目のティーを軽く啜ってから言った。

「そうか、私だけが満足しても、後々の皆のビジネスに影響を与えるのであれば問題でね、よし、そろそろ忠臣さんの意見を訊こうじゃないか。忠臣さんはどう考える?」と、忠常は静かに座っている忠臣の方に顔を向けた。

アンドロイドの忠臣は2,3回目眼をしばたいてから、いたづらぽい笑みを浮かべて言った。

「正直、私も困っています。これは今迄にない挑戦です」

「えっつ、挑戦と言ったかね?」と忠常は忠臣がこれまでにない発言をしたので驚いていた。

「えぇ、挑戦ですね。舞黒忠常対ジャック・ウェルゴーのね」

「そうか、二人の経営に対するセンスを比べることになると言いたいのね」と、希和子は鋭く言い当てた。

「ええ、その通りです。私もこの1年間で世界中の公開情報は全てファイリィングし、分析してきましたが、ジャック・ウェルゴーという人の思考過程、その時々の経営判断についての詳しい情報は殆どありません。ただ、言えることはあの巨艦を間違いない経営判断の基で経営してきたということです。しかも、このウロボロスは優秀な自己拡張型チップを搭載しているので、そこに植え込む、学習させる知識、この場合はウェルゴーの思考過程・経営判断ですが、が優秀であればそちらの方が私よりも優れたものになるという事実です。」

「よくぞ言ってくれたね。流石はウロボロスだ。いや忠臣CEOだ。1週間ほど時間を置いてからもう一度相談しよう」と、忠常は何か思い当たることがあるらしく、その場を引き取った。

それからの1週間、忠常は忠臣と二人で会長室に閉じこもり、深夜まで根を詰めて何やら議論していた。根をつめると言ってもアンドロイドである忠臣は従来通りで、忠常だけが赤くなったり、青くなったり、ため息をついたり、大声を上げたり、何回もトイレにたったりしただけであるが。

1週間後に、4人と一人が集まった際、忠常が発言した。

「久しぶりにこの1週間は仕事をしたよ。だって、昨年CEOを降りてから殆ど考えることは無く、自分でも仕事らしいことをしていなかったからね。GE+のお蔭だね、これは、あははははぁ・・・」

「お父さん、何か嬉しそうですね。根を詰めて何かに打ち込んでいるとは聞いていたのですが」と、長男らしく、忠則が皆の声を代表するように言った。

「そうよ、皆で心配していたのよ」と希和子。

「そうですよ、お父さん、もう若くないのだから、相手が疲れ知らずの忠臣さんなのだから一緒になって頑張るなんてね、よく考えて欲しいよ」と、忠義は忠常が一人ご満悦でいるのをいぶかるように言った。

「ごめん、心配をかけたようだね。でも、ご心配なく。忠臣と二人で色々とシミュレーションした結果ね、ウロボロスをGE+に販売することにしたよ」

「じゃぁ、舞黒忠常対ジャック・ウェルゴーの戦いになるのね」と希和子が膝を乗り出した。

「うん、でも一寸違うのだよ」

「お父さん、気をもたせないで教えてよ」忠義は短気な性格を丸出しにした。

「うん、忠臣も同意したのだけど、市販するのはウロボロスのβ版とし、我々はグレードアップしたウロボロスγで対抗することにするのだよ」と、忠常は自信満々に言った。

「あっつそうか、第三世代のγを開発するのだね。なるほど、そりゃぁ良い考えだね」と、忠則は忠常と忠臣二人の顔を見比べながらいた。

「でも、お父さん、その第三世代ウロボロスγの開発方針はどのような内容にするの? よほどの内容でないとβとγの違いは出てこないことよ」と、ウロボロスβの開発チームを率いた経験のある希和子がピシット言った。

「うん、希和子の言う通りだよ、改良ではなくてよほどの改革を織り込まなくてはね、それで、相談だがね、このウロボロスγの開発責任者に忠臣を任命したいのだがどうかね」

「えっ、また、驚くことをお父さんは言うのね、アンドロイドの改造をアンドロイドが行うなんて・・・」と、忠義は呆れ顔で言った。

「うん、でも良い考えね。自分の長所と欠点を知っているのは自分自身だもね?」と、希和子は言い、同調を求めるように長兄の忠則の顔を見た。

「うん、賛成だね、でも、お父さん、開発にどれくらいかかるか分からないが、忠臣さんを開発に取られたら、その間のCEOとしての仕事は誰がするの?」と、忠則は忠常に聞いた。

「おい、おい、心配するなよ。忠臣はアンドロイドだよ、24時間働けるからね。そして、私もこの通り元気だからね、忠臣の代わりは直ぐ出来るよ」と忠常。

「あぁ、そうだったね、忠臣さんはお父さんの分身だったね。この1年で、忠臣さんがアンドロイドだという事をすっかり忘れていたよ。あはは」と、忠則も納得した声を出した。

 

 “ウロボロスγ”の開発プロジェクトが秘密裏に開始してから3か月後、特殊仕様の自己拡張型チップ設計図が密かにヘラクルスLLCの開発チームに渡されたが、COOの希和子以外は誰もその用途については知らされておらず、品質確認テスト後の納期3か月だけが厳命されただけであった。

GE+向けに相当なマンパワーを必要としたこともあり、当面の販売対象は国内だけとし、申し込みのあった東京証券1部及び2部企業から厳選して選び、結局、GE+向け1台、国内向け50台とした。将来は更に伸ばすつもりであるが、先ずは評価をきちんと確認するためである。これら全ての販売契約においては顧客からの要望で、販売先としての社名を一切出さない特記条項が付け加えられた。アンドロイドが経営判断をしていることを知られたくないというのである。特に、GE+向けについてはジャック・ウェルゴーの思考過程にソフトを変更するという特別仕様があるため、特別な共同作業チームが編成され、厳密な秘密保持体制が敷かれたことは言うまでも無い。

 

全てのウロボロスβの納入・試運転が終わり、顧客に引き渡されたのはゼウスホールディングスの株主総会で忠臣がCEOに就任してから3年後であり、この年の株主総会では株主から忠臣が2回目の資格審査を受けて、継続してCEOを務めることになった記念すべき年でもある。ただ、この株主総会ではウロボロスβの外販について厳しい質問があった。

「月影と申します。舞黒忠臣氏がCEOに就任された総会で質問させて頂いた者です。あの時、即ち3年前はアンドロイドの経営判断がどこまで信頼されるものか非常に不安であり、また、そのようなロボットに、あっつ、失礼、忠臣氏に経営を任せようとした舞黒忠常氏、並びにご一族に不満を持ちました。しかし、今は、それを心から反省しています。忠臣氏の判断は素晴らしく、全ての事業拡大方針や投資について高いROEを得ており、株価も5倍にまで膨らんでいます。ところで、今回の決算報告書でウロボロスβの販売により350億円の売り上げがあったとありますが、他社にアンドロイドを販売することで競合相手を利することになり、結果としてゼウスホールディングスの競争力が低下するのではないのですか?また、販売先の企業は何処ですか?」

「それにつきましては舞黒忠臣CEOが回答します」と、議長役の忠常が答えた。

「ただいまのご質問にお答えします。ご心配は尤もですが、結論から言うとご心配に及びません。新聞情報などでご承知かと思いますが、既にWBMやBoobleなどが似たようなコンセプトでアンドロイドを開発しており、実用化段階に入ってきたと聞きます。それは成功している経営者の思考過程を後継者に残したいという夢を我々が実現してみせたからです。ゼウスホールディングスにはヘラクルスLLCという自己拡散型チップを日夜研究、開発、製造している事業部門があります。決してWBMやBoobleに負けるものではありません。むしろ、彼らが立ち上げる前にウロボロスを販売することで創業者利益をあげ、業界における地位を確保しようと判断したものです。来年の株主総会では更に良い実績を示すことができると確信しています。もう一つのご質問ですが、ウロボロスを販売した会社の名前は先方との守秘義務があり開示することはできません。これでよろしいでしょうか?」と、堂々とした態度で舞黒忠臣は月影氏の質問に答えた。その言葉が終わらない内に会場から盛大な拍手が沸いた。これほど、確実に資産を増やしてくれる企業は東京証券取引所で見当たらなく、その拍手は株主の感謝の気持ちの表れでもあった。それを議長役として聞いて忠常は自分の判断が正しかったことを確信していた。忠常78歳である。

 

株主総会が終了してから1週間後、忠常がいつもと同じように10時に会長室に入って1時間も経たないうちにヘラクルスLLCのCOOである希和子が入ってきた。

「お父さん、総会はお疲れさまでした。でも、そろそろ議長役も誰かに譲った方がよいみたいね」と希和子は父と娘の間の気楽な会話で話し出した。

「うん、その事ね、私も相談しようと思っていたのだけれど、忠則と忠義そして忠臣さんはどうした。出来たら一緒が良いのだが。それで希和子の話は何だ?」

「では、先ず私の報告をしてから他の人の都合を聞いて集まることで良い事?」

「うん、よほど何か心配でもあるのだね」

「まあね、きっと私の思い過ごしだと思うのだけれどね。一応お耳にいれておこうと思ってね」

「うん、良いけれど、忠臣と一緒の方が良いのでは?」

「ごめん、だめよ。忠臣についての話だから」

「えっつ、あいつが何か騒動でも起こしているのか?」

「違うと思うし、まだ騒動では無いわ。実はね、先月末までに殆どの企業が株主総会を開いて決算報告を公表したわね。それで、私ね、ウロボロスの評価が気になっていたのでウロボロスを納入した会社50社の決算内容を調べてみたのよ。 GE+以外のね」

「うん、そのような比較は気がつかなかったが面白いことをチェックしたのだね、それで」

「えぇ、それがね、面白いと言うのか変だというのか、50社全ての純利益率が何と7.8 %なのよ。全部がよ。それで各社の実績を遡って調べてみたのよ。するとね、ウロボロスが納まった翌年から今年で2年になるのだけど、昨年は全社がきっかりと7.7%なのよ。そして、一昨年はばらばらな数値よ。不思議でしょ。」

「偶然の一致ってあるかね?確かに不思議だね」と、忠常もそこに何かの意図とか、異常を感じながらつぶやいた。

「50社はお互いにウロボロスが納入されている事を知らないから、比較できないので、2年で純利益が0.1%増えたくらいにしか思っていないのよ、きっとね」

「そうだね、そのような比較検討をするのは希和子くらいだからね。これは参った。忠常が何か仕組んだに違いないが、そんな事できるのかね」

「そうなのよ、会話も出来ないアンドロイドが相互に情報を流したり、同じ経営数値をつくるなんてありえないでしょ。全くSFの世界、星新一の世界だわ」

「うん、事情は分かったが、この話はどこまで知っているんだ?」

「お父さんだけだわ。だって、忠臣さはなお父さんの分身だからね。」

「ありがとう、この件は私に任せてくれないか。一度忠臣とゆっくりと話してみるよ」

「えぇ、そうしてね。では今晩皆を集めるようにするので、お父さんからのお話をしてね.

自分の体を労わるように考えてね」と、希和子は忙しそうに出て行った。

忠常は忠臣が納入先の全てのウロボロスを管理していることを確信した。しかも、『俺の年齢に数値を合わせるなんて、お面白い奴だ』とにやりとした。

 

その夜、会長室に例によって、忠常、忠則、忠義、希和子そして忠臣が集まり、思い思いにブランディ、コーヒー、紅茶などで寛いだところで忠常から発言があった。

「どうやら、私も相当な年齢になり余生をのんびりと海外に滞在したりして過ごそうと思っているのだが皆はどうかね」

「お父さん、異論なんてありませんよ。出来ればもう少し早く自由になって頂きたかったくらいです。なぁ、忠義、希和子」と、長男の忠則は温和な顔を更に緩ませて、忠義の方に顔を向けた。

「そうですよ、お父さん、そのために忠臣を開発したのですからね。本当に忠臣はお父さんと瓜二つの経営判断ですからね、安心して遊んでください」と、忠義は続けた。

「ほらね、皆そう思っているのだから、何の気がねも要りませんよ」と、希和子がダメを出すように言った。

「皆の気持ちは分かった。ありがとう。一応、忠臣にも意見を聞いておこう。どうだい?」と、忠常は少し、ふざけたように忠臣に向かって質問した。

「はい、私も皆様の意見に依存はありません。ただ、・・・」と、珍しく忠臣が言い淀んだので、忠常は驚いた。

「何か気になることがあるのかな?」

「えぁ、まだ、完全に確認が取れていないのですが、実はGE+が当社、ゼウスホールディングスをTOBで買い占めようとしている情報がありまして・・・」と、忠臣は重大な発言をした。

「えっ、何だって、GE+が当社をTOBにかけるというのか?」と、忠常は大きな声を出し、他の三人とも驚きの表情を浮かべた。

「未確認ですが、複数の証券会社が当社の株式取得について動いているようで、その裏にGE+の法律事務所が見えます。この一週間以内にTOBを公表すると推定します」

「おい、おい、突然の話だが、忠臣は何時頃から気づいていたんだね」と、忠常は少しばかり咎める口調で言った。

「当社の株式の動きは毎日チェックしていますが、少なくとも今日の昼まではその兆候を感知しませんでした。3時一寸前に当社の株価に若干の動きがあり、前日比で0.3%上がったのです。それで、その原因を種々調べた結果、つい先ほど状況が判明したのです」

「0.3%程度の値上がりだと、いつもの事でしょ。だって、先日の株主総会の後では忠臣さんの発言を好感して3%も値上がりしたじゃない。鳥越苦労じゃぁないの?」と、経営センスが良いと自負している希和子が言った。

「はい、希和子さんの言われることもあるのですが、私の行っている数値解析では他のインデックスを含めて70%の確立でTOBを示しておりますので」と、忠臣。

「よし、分かった。それで、忠臣さんよ、対策案は君のことだからもう考えてあるのだろうね」と、忠常が優しく声を掛けた。

「はい、もう少し、最終確認に時間が欲しいのですが、ご一族で所有しているゼウスホールディングスの株式は現在約34%です。株価が今日の終値で32,560円ですので、仮にTOBにより10%上乗せされるとしても、過半数の株を取得するためには約1200億円の資金が必要になります。これは当社の銀行預金から判断して問題はありませんが、新規投資の抑制など経営的なしわ寄せは想定される微妙な数値です」

「うーん、そうか。これは私の引退話など吹き飛ぶ話だね。参ったね」と忠常は思わぬ話しに頭を抱え込んだ。

「まさかあのGE+がTOBを仕掛けてくるとはね。納入したウロボロスがそのような経営判断をしたのかね」と、忠則も首をかしげた。

「きっと、人工知能の分野でゼウスホールディングスに敵わないと知り、かと言って最も将来性の高いこの分野から撤退するのも厭だし、となるとゼウスを傘下にしてしまおうという判断ね、あり得るわ」と、希和子。

「私も、正直驚きました。ウロボロス同士の知恵比べらな負けない自信があるのですが、いかんせん、ジャック・ウェルゴーの思考過程では『開発にはリスクを伴うから、成功しているゼウスを傘下に収めろ』となるのでしょうね」と、忠臣は米国流の考え方を実感して感心していた。

「どうやら、そうらしいね。販売する時にそこまで読めなかったのは私の責任だ」と。忠常の声からはいつもの快活さが消えていた。

「でも、お父さん、当然ですが戦わないとだめですよね」と、忠義はこのようなケースを経験していないので、自分の意見を出せずに小さくつぶやいた。

「勿論、GE+の傘下に組み込まれるなんてまっぴらごめんだね。1社づつ株主回りをして保有株をGE+に売却しないようにお願いして歩くよ。その上で自社買取を考えよう。それしかないだろう。忠臣さん」

「はい、私もそれが一番だと思います。ただ、当社の株主は個人が比較的多いのが課題で、彼らは当然買い取り価格の高い方に流れると思います。そこで、法人の株主に先ずターゲットを絞りお願いすることが先決です」と、忠臣。

「では、明日から手分けして法人株主を回りましょうよ」と、希和子が元気な声を出した。

「当社にとって、初めての危機だね。全員で頑張ろう」と、忠常は三人を見やりながら

頼もしげに言った。

「お父さんは何か急に元気になったようね。でも、それが一番お父さんらしいわ」と、希和子が言ったので皆は笑った。忠臣でさえも、口をゆがめていた。

 

忠臣が予想したように、3日後にGE+がゼウスホールディングスに対してTOBを行う旨、正式に関係部門に発表し、直ちに行動に移った。彼らの設定株価は35,000円であり、これは忠常が予想したよりも高く、GE+の並々ならぬ意思が感じられた。これからの60日が勝負である。

 

忠常達の法人株主説得も思うような成果をあげる事が出来ずに1か月が経った。また、

証券会社からの情報では個人株主の80%は価格次第で日和見をしていることが分かった。GE+も最終的に40,000円までを覚悟しているとの情報さえあり、忠常を悩ました。このような時の米国資本は凄い勢いである。

期限の60日まで後1週間と迫った月曜日から、何故か分からないが法人株主の潮目が急に変わりだした。40,000円であってもGE+に株を売らないで保有を続けるという法人企業が増えだしたのである。水曜日にはゼウスホールディングス50.1%、ゼウス側法人株主16.0%、態度を決めない法人株主0.5%、個人大株主0.1%となった。残りの0.6%を取り込めることが出来れば66.7%となり、GE+のTOBは実質的に失敗することになる。

忠常は最後に0.5%を保有するアイリス商会の会長に朝9時にアポを取って伺った。

応接室には輸入家具であろうか、重厚な黒紫色の皮が張られたソファがあり、壁にはゴッホのアイリスの絵がさりげなく飾ってあった。どうやら社名に合わせた選択のようである。ノックして男性が入ってきた。

「会長の月影晋です」

「初めまして、ゼウスホールディングスの会長をしております舞黒忠常です。この度はお忙しい中お時間を頂き恐縮です」と、忠常はこの月影氏は何処かで見たように思いながら深々と挨拶した。

「舞黒さん、つい2ヶ月くらい前にお会いしていますよ。」

「えぇ、私も何かそのような気がしておりましたが、まだ思い出せなくて、歳の所為にはしたくないのですが、申し訳ありません」

「いいえ、仕方がありませんよ。スポットライトが当たっている壇上と、株主席は離れていますからね」と、月影と名乗った男は優しく言った。

「あっつ、思い出しましたよ。当社の株主総会でご質問された月影様でしょうか?」

「そうです。その節は失礼な質問というのか感想を述べさせて頂きました」

「とんでもありません。あの的確なご意見とご感想を頂き、どれだけ私たちは晴れ晴れとした気持ちになれたか、感謝の言葉もありません」と、忠常はそこに総会での月影氏の姿を見出し、新ためて御礼の言葉を連ねた。

「本当の気持ちを述べただけですよ。この会社は私が父親から引き継いだ虹商会という電子部品を扱う商社を昨年このアイリス商会という名前に登記変更したばかりなので、まだ知名度が低くて困っているのですよ。あはは・・・」

「そうでしたか、では、当社がウロボロスを約2年前に納めさせて頂いた虹商会さんがこちらなのですね。調査が悪くて申し訳ありません」

「今回のご訪問はGE+の仕掛けたTOBの件ですね。ご安心ください、当社の所有している御社の株式は絶対にGE+ごときに渡しませんよ。舞黒忠常さん、忠臣さんがおられる限り信頼してついて行きますよ。当社のウロボロスもそのような経営判断をしております」

「ありがとうございます。これで丁度66.6%なので、もうひと踏ん張りです」と、忠常は3回目の頭を下げた。

「いいえ、違いますよ。舞黒さん」と、月影氏はにこにこ笑いながら言った。

「えっ、どうしてですか。こちらの持ち株は確か0.5%の1000株と思いましたが」と、忠常はあわてていた。

「済みません、驚かしてしまい。実は私の個人株が0.1%あるので、全部合わせると66.7%です」

 

その夜、いつものメンバーが会長室で祝杯をあげていた。

「これで、私も安心して完全にリタイアできるよ。嬉しいね。いいかね、皆さん、そしてスマートな忠臣さん、いやウロボロス会の会長さん」と、忠常は笑いながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

TOBの危機(要旨)

 

人工知能を持つ人型ロボットであるアンドロイド(商品名ウロボロス)にCEOを任せたゼウスホールディングスは飛躍を遂げていた。そして、ウロボロスを商品として販売することになり、米国最大手のGE+社を含めて多くの引合いがあった。GE+は、舞黒忠常の思考過程・経営判断プログラムに代えて経営者として世界的に有名なジャック・ウェルゴーの思考過程・経営判断プログラムを入れよという要求である。検討の結果、ゼウス側ウロボロスをγ版にグレードアップし、外販はβ版に限定して要求に応えることにした。このγ版ウロボロスの開発はアンドロイドの忠臣自身が専任して行った。

世界中に納入したウロボロスの評価も高く、ゼウスホールディングスの経営全てが順調に行っていた矢先、GE+がゼウスホールディングスに対してTOBを仕掛けてきて、ゼウスホールディングス株の取得合戦が始まる。GE+の破格の買取価格提示もあり、ゼウス側は苦しい状況にあったが、途中から潮目が変わり、最後はゼウス側の勝利で終了する。この戦いの勝敗はGE+のウロボロス対ゼウスホールディングスのウロボロスの知恵比べの結果であることを知っている人は忠常だけであった。

 

 

 

(注)

本小説は単独でも成立していますが、以下の3編で一つの物語を形成させています。

優れた人工知能が使われ出すとヒトの立ち位置か変化し、気がついた時は人工知能を装備した人型ロボット(アンドロイド)が世界を蹂躙することを懸念したSFである。

 1)ウロボロスの蛇

2)TOBの危機

3)アンドロイドの掌