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AIが許される範囲(1)

先に、AIの普及が人間を駄目にするのでは?という最も基本的な懸念と、危険度について述べた。しかし、AIの開発、導入はバブルの状態にあり、殆どの企業や研究機関が競ってAIに走っていて、私のように、AIの開発、導入に疑問を大ぴらに話す人は稀であるようだ。

私も、ある範囲まではAIが許容されるし、また、導入すべきだと思っている。原子核の研究が原子爆弾につながったように、技術には良い面と悪い面が同居していることは言うまでもない。良い面だけに限定して研究開発していたつもりだと、開発者は後になって釈明するが、その時は既に遅いことは幾つかの研究開発歴史が物語っている。

医療分野で陽の眼を浴びている”再生医療”も、クローン人間の出現などが絶対に行われないように、法律的な禁忌事項を研究のかなり上流時点で考えている。それは容易にクローン人間という者の存在が何を引き起こすか想像可能だからである。

ではAIはどうだろうか?現在ジャーナリストが謳っている事は、”AIが人間生活にとって良い”、何故ならばAI導入により、人間の能力の不足分を補い、更に便利な社会を提供させる唯一の技術手段であるという金看板と思い込んでいるからである。確かに、人間の能力の不足分を補ってくれるし、より便利な社会にもなろう。”しかし”である。

星新一”ではないが、規制の無いままでの2、30年先の社会を想定すると、”AI自身が相互にネットワークでconnectedされており、しかも自律的に考える能力を持つAI”が出現しており、人間はAI社会の中で、三次産業の一部だけに生きがいを見つけていると思われる。

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